吾妻鏡夢 又は 大姫の遺髪
今朝見た夢――
修学旅行の引率なのだが、何故か僕らは称名寺の本堂に泊まっている。
生徒たちが金沢文庫から「吾妻鏡」の原本を特別に閲覧させて貰っている。
[やぶちゃん注:金沢文庫で同文庫蔵の「吾妻鏡」のケース内展示物を見た経験は二度ほどある。また「吾妻鏡」は「新編鎌倉志」「鎌倉攬勝考」、そして只今にては「北條九代記」の補注で日々読んでは電子化している馴染みのものではある。]
それは元々バインダーのように加工された不思議な和本で、各巻が背の部分から着脱出来るようになっている。
[やぶちゃん注:無論、これは僕の夢の中の話で、である。]
生徒が分冊にして読んだ後、元に戻したというので調べてみると、上下が逆さまになっていたりしている。
生徒が自由行動で外へ行っている内に、僕は本堂でそれを元通りに直している。
仔細に見ると、その「吾妻鏡」にはろいろな附録がついているのである。
例えば合戦の地図や絵図の類いは言うに及ばず、誰某が放った弓矢の尾羽であるとか、占いに用いたという人形(ひとがた)であるとかといったものまでも、和紙に包まれて当該条の部分に挟まれているのである。
[やぶちゃん注:無論、実際の「吾妻鏡」にはそのような附図や付属品は一切ない。]
……それはあたかも……正月だけに買って貰えた、あの頃の本屋の店先にうず高く積み上げられていた……あの、少年時代の「ぼくら」や「少年」の……『お正月特別14大附録』とか名打って……ビニールに入った怪しいものでパンパンに脹れ上がって……辛うじて輪ゴムで止められてあった、あの少年雑誌の趣きなんである……
僕はめくって行くうちに――袋に入った「大姫の遺髪」というのが眼に止まった……黒髪が白い和紙で結ばれて、それは――あった……
僕は周囲を窺って、他の教員に見つからぬように……僕の愛する――大姫の――その遺髪を……そっと自分のポケットの中に潜ませた……
*
僕にはかなり小さな時から、フェティシズムの傾向が顕著に見られた。この「大姫の遺髪」を盗む自分は、従って大いにリアルであることを告白しておく。
それにしても、窃盗の後ろめたさは感じながらも、頼朝の愛嬢にして木曾義高との悲恋の、かの薄幸の少女「大姫の遺髪」はみどりの深い玄さに輝いて美しかった――昨日早朝の恐怖の漸化式に比べれば――天国のような夢であった……