生物學講話 丘淺次郎 第六章 詐欺 一 色の僞り~(6) 了
[カメレオン]
[アフリカの北部に産する「やもり」の類の一種にして、常に樹上に住み、昆蟲を見れば急に長き舌を延ばしその先端を粘著せしめて捕へ食ふ。隨意に體色を變じてその居る處と同色と成るを以て有名である。]
[やぶちゃん注:この挿絵ページは国立国会図書館の近代デジタルライブラリーにある原書の画像では何故か飛んでおり、原本の二〇三頁の右に裏側から透けて見えるだけである。この裏からの反転の不鮮明な透けと講談社版のキャプション(前者と比較すると表記だけでなく表現の一部も明らかに違うことが分かる)を参考に可能な限り、推定再現したものである。「長き」は「長い」かも知れない。]
以上はいづれも動物の色が常にその住む場處の色と同じであるために、そこに居ながら恰も居らざる如くに裝うて、食ふこと及び食はれぬことに便宜を得て居るものであるが、或る動物では體の色が行く先先で變つて、どこへ引越しても相變らず留守を使ふことが出來る。この點で最も有名なのは「カメレオン」の類である。皮膚の中にある種々の色素が或は隱れ或は現れるために、その混合の程度に從つて實にさまざまの色が生ずる。そして、その色はいつも自分の居る場處の色と同じにすることが出來て、綠葉の間に居れば全く綠色となり、褐色の枝の上では褐色となり、白紙の上に置けば殆ど白に近い淡い灰色となり、炭の上に載せれば極めて濃い暗色となるから、いつも外界の物と紛らはしくて見附け難い。一體この動物は樹の枝に留まつて、飛んで來る昆蟲を待つて居るもので、それを捕へるときには極めて長い舌を急に延ばし、恰も子供が、黐(とりもち)で「とんぼ」を取る如くにして捕へるが、身體の色がいつも周圍と同じであるから、蟲は何も知らずにその近邊まで飛んで來る。常には長い舌を口の中に收めて居るから、下顎の下面は半球形に膨れ、且左右の眼も別々に動かすから、容貌が如何にも奇怪に見える。身體の色が周圍の色と同じであることは、昆蟲を驚かしめぬための外に、敵の攻撃を免れるの役にも立つであらうから、これは食ふためにも、食はれぬためにも至極有利なことであらう。我が國に産する雨蛙なども、居る場處次第で隨分著しく色を變へるもので、綠葉に止まつて居る間は鮮やかな綠色でも、枯木の皮の上に來ればこれに似た褐色になる。なほその他、體の色を種々に變ずる動物の例は幾らもあるが、多くは周圍の色に紛れて身を隱すためである。
[やぶちゃん注:爬虫綱有鱗目トカゲ亜目イグアナ下目カメレオン科 Chamaeleonidae に属する九(若しくは十)属約二百種の総称。模式属はカメレオン属 Chamaeleo。荒俣氏の「世界大博物図鑑3 両生・爬虫類」によれば、カメレオンの名は古代ギリシア時代からこの動物を指す語として用いられており、語源的にはギリシア語の“khamai”(地上の、又は小人の意)と“leōn”(ライオン)の意であるとある。以下、ウィキの「カメレオン科」によれば(引用箇所ではアラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更・省略した)、主にアフリカ大陸・マダガスカルに分布し、最長種はフサエカメレオン属ウスタレカメレオン
Furcifer oustaleti で全長六九センチメートル、最小種はヒメカメレオン属ミクロヒメカメレオン Brookesia micra で体長は最大でも二九ミリメートル程度しかない(二〇一二年二月現在で世界最小の爬虫類とされる種で、ウィキの「ミクロヒメカメレオン」にマッチ棒の先にちんまりする画像がある。これ、凄い。……それにしても「ミクロヒメ」という和名はなんとかならんかったんかのぅ……)。『種にもよるが気分や体調により体色を限定的ながら変色させることができる。例を挙げると』
黒ずむ―体調不良。体温が低い(色を黒くすることで熱を吸収しやすくなる)
白くなる―体温が高い(日光を反射させる)
派手になる―興奮している時
種により変色の幅は異なり、ほとんど変色しない種もいる。体色による性的二型が顕著な種もいる一方で、雌雄で体色があまり変わらない種もいる。一般にはカメレオンは周囲の色に合わせて自在に体色を変えられるという誤った俗説があるが、種によって変わる色は決まっている』(これは本書の叙述からみても恐らく丘先生も誤解しておられる。しかし我々の多くも近年までそう誤解していた)。『頭部には、前方に角が生える種もいる。左右の目を三六〇度、別々に動かすことができる。近い位置に獲物を見つけると顔と両目を獲物に向けて立体視をおこない、狙いを定める。舌は蛇腹状、またはゴムの様に筋肉が収縮している。舌骨を押し出すことで縮んでいた筋肉が急激に弛緩し、前方に射出される。舌は粘着質で覆われており、獲物を付着させることができる』。『趾指は五本だが、前肢は内側の三本の指と外側の二本の指、後肢は内側の二本の趾と外側の三本の趾が癒合し二股になっている。これにより木の枝を掴むことができる。趾指の先には爪があり、枝に食い込ませることで体を支えることができる』。『主に森林に生息』し、『食性は動物食で主に昆虫類や節足動物、大型種は小型爬虫類、鳥類、小型哺乳類も食べる』。『繁殖形態は主に卵生だが、カメレオン属には卵胎生の種もいる』。ウスタレカメレオン属ラボードカメレオン Furcifer labordi『は、約九か月間を卵で過ごした後、孵化して二か月で成熟して繁殖し、四~五か月で死ぬ。これは二〇〇八年時点で知られている四肢動物としては最も短い寿命といわれる』とある。]
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