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« 西東三鬼句集「今日」 昭和二十六(一九五一)年七月まで 六〇句 / 「今日」了 | トップページ | 一言芳談 六十六 »

2013/01/16

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 3 司令部壕にて

 

□3 司令部

 

〇(前画面のF・O・のまま。音楽が消えて。)「スクヴオルツォフ! 将軍の元へ報告!」

〇司令部の防空壕。

内部から入口。入口手前右手に兵、外の奥に同じく哨兵。左へ回り込む塹壕の丸太で組んだ壁が見え、その上の空は偽装網が蔽っている。相当にハイ・クラスの将官がいることを窺わせる。入口内右の兵が、左手で入り口の左を支えながら、外の哨兵に向かって先の伝令を繰り返す。

内部の兵「スクヴオルツォフ! 将軍の元へ報告!」

外の哨兵が、

外の哨兵「スクヴオルツォフ! 将軍の元へ報告!」

と復誦しながら、左手を壕入口方向に振る。

左手から何も持たないアリョーシャが小走りで、緊張しながら、走り込んでくる。次のシーンで入口の部分には階梯があり、司令部内は壕よりもさらに六〇センチメートル程掘り下げられたものであることが分かるが、アリョーシャは、この階梯のすぐの所で立ち止まり、口を半ば開いたやや茫然とした表情で一瞬立ち止まり、奥(手前のオフの将軍)の方を畏れ多いものを眺めるようにし、しかし、すぐに気が付いて、くっと背筋を伸ばして敬礼をする――が――同時に壕の天井にヘルメットが音を立ててぶつかり、思わずハッとして、亀のように首を縮める。(この時、位置関係から先の右手にいる兵士は椅子に座っていることが分かり、更にこの時電話機を耳当てていることから、彼は哨兵ではなく、本部付の通信兵であることが分かる)。以下、殆んどのシーンで画面は壕上部の天井の丸太を背景とする。

 

〇壕の中(A)。

カメラ位置は後退し、手前に右手に将軍(横顔が見える。頭部に鉢巻のように包帯を巻いており、軽い負傷をしているらしい)、その背後に一人、将軍の陰に入っているが、ヘルメットを被った一人、やや離れて、入口の方に一人、皆、上級兵らしき人物がいる。(以下、(A)では画面一番奥には終始無電聴取作業をしている通信士の背中がある。一番実際には司令部壕にはもっといる)。

アリョーシャ、委縮したように、下方を見つめ、敬礼の手が下がってしまう。画面上では確認出来ないが副官と思われる壕内の一人が、

副官「彼です、将軍。」

と将軍に紹介する。

その声に、アリョーシャは恥じらうように面をゆっくりと上げ、右手も再度、力なく挙げて敬礼をしながら、おどついた白目のよく光る眼を将軍に向けつつ、ややくぐもった、やはり力のない怯えた声で、

アリョーシャ「自分はスクヴオルツォフ、軍規に則り、報告に参りました!」

この間、中景にいて見えている上級兵は、如何にも未だ少年の面持ちのアリョーシャに、やや呆れたという表情で、将軍の方を一度振り返る。

ユーモラスで少年の面影を残すアリョーシャを描いて出色のシーンである。ここで同時に彼の身長が普通のロシア人青年より遙かに高いことが分かる。

将軍「よろしい。――英雄、こっちへ!」

将軍、右手に持っていたコップを手前中央にある机に置き(この時画面全体が一瞬、カップと一緒に少しティルト・ダウンしてすぐ、今度は有意にティルト・アップし、右手の副官の顔がインする)、アリョーシャに質す。

将軍「最初から始めてもらおう。そして――何が起こったのかを――我々に説明して呉れ。まず――君は観測所にいたのだね?」

如何にも意気消沈して、すっかり俯いてしまって、

アリョーシャ「はい。……」

将軍「そして――何があった?」

この間も、中景の上級兵は、アリョーシャの上から下までを、やや疑わしげな目つきで舐めている。

 

〇アリョーシャを見つめる将官らしき二人。

入口方向からのバスト・ショット。二人の立ち位置は将軍のすぐ背後(画面の右手)。奥(すなわち将軍のすぐ脇)の副官らしき人物はやや年上、手前はかなり若い。しかし、若い副官の右胸には勲章が光っている。この若い方は(A)の一番右手の人物である。

ここに、少し離れた砲撃音が入る。

 

〇壕の中(A)。

アリョーシャ、実に自信なげに、時々、下を俯きながら、ぽつりぽつり、答える、先生に叱られている小学生のように。

アリョーシャ「同志将軍閣下……正直申し上げます……自分はかなり……怖かった……」

中景の兵が、再び『あれれ?』といった表情。

アリョーシャ「……奴らは……どんどん、追い詰めてきて……」

将軍「……そんなに怖がっていた君が――二台もの戦車を撃破した、と?」

アリョーシャ、ぐっと口を噤んだまま、二度ほど少年のようにコックリする。

 

〇将軍。

バスト・ショット。背後の机を隔てた向こうの左にさっきの二人の将官、右手にやや年をとったヘルメットを装着した兵が一人。

将軍「諸君、聴いたか? それなら――私は誰もが臆病になって欲しいぐらいだ!」

途中で、将軍は左の背後を振り向き、右手のやや年をとった兵の方を見て、左人差し指で頻りにアリョーシャの方(アングルから言うとこちら側の観客の左手方向)を指しながら、また正面に返る。

将軍「ちょっと待てよ。……ふはッ! あれだけのこと、一体、誰が出来たんだ? 君ではない、他の誰かがやったことか?……」

 

〇壕の中(A)。

俯いていたアリョーシャは、ゆっくり顔を将軍の方へ起して、少年の、ここは如何にも自身に満ちた笑みを口元に浮かべつつ、

アリョーシャ「……いいえ……それは自分です。」

ここで中景の将兵も笑顔になり、将軍の後ろの二人も顔を見合わせて笑っている。口々に、アリョーシャを讃嘆する声が壕内に響く。

 

〇壕の中(B)。

カメラ位置は高め(壕の入り口辺りから)。左手にアリョーシャの右上半身、中央下方に座る将軍周囲に将官。将軍直ぐに立ち上がりながら、

将軍「いい子だ! 今から君の名を公報に今から記す。」

将軍は、「いい子だ!」の直後から厳粛な態度になって起立、若き英雄への礼を示す。

将軍、後ろに振り返りながら、

将軍「スクヴオルツォフの名の記入を――」

と言って腰かける。この時、将軍すぐ脇にいたヘルメットを被った中年の兵が、アリョーシャに向かって優しい顔で、『やったな! 若いの!』といった感じで無言でこっくりとする(この後も二度、ちらっとアリョーシャを見る。細かな部分であるが、とても自然でいい演出である。特に二度目のそれは何か『おや?』という不思議な表情であって、観客には見えないアリョーシャの表情の何か普通でない雰囲気(単に褒賞を喜んでいるのではない表情)を、この人物を通して観客に暗示させる絶妙の効果がある。アリョーシャがこの直後に何かを起こすことが、この人物のちょっとした演出によって美事に示されているのである)。

ここでアリョーシャは軽く握った右手を下唇の部分に当てる。

奥の副官が、

副官「はい。将軍!」

と言って、既に用意して持っていた記録簿を差し出す。周囲の将官がテーブルの方に寄る。

将軍「素晴らしい……これは、特筆ものだな……」

副官、左肩に下げたカバンから万年筆を取り出す。

同時に、アリョーシャは下顎に当てていた右手を下に降ろす。

 

〇アリョーシャ。

バスト・ショット。顎に軽く握った右手を当てて、少し唇を開き気味で、自分の右側方をぼうっと見ていたアリョーシャは、さっと右手を降ろしながら、画面右手前の将軍の位置の方にその真剣な眼を向ける。(カメラはやや煽り)。画面から右手が消えて。〈この部分は優れた編集である。実は前のシーンとこのシーンは同時間を一秒強ダブらせているのである。こうして採録すると不自然に見えるが、実際には全く違和感がない。これは映画の編集の秘訣であって、繋がった一連のシークエンスの中のショットと次のショットを同時間の別アングルで繋げると、観客にはそれが繋がっていない、切れたもののように見えるのである。そのために、前のシーンとのダブりが実は必要不可欠なのである。〉

アリョーシャ「同志将軍閣下! 公報へ記載して戴き勲章を授与される代わりに……どうか、自分を……一時帰郷させ、母に逢いにいかせては、貰えませんでしょうか?」

 

〇将軍。(アップ)

前のアリョーシャの台詞の途中から、振り返る将軍の肩から上のアップに切り替わる。

アリョーシャの台詞が終わって、凝っと黙って見つめる将軍。

ここに遠い爆鳴。

 

〇アリョーシャ。(アップ)

アリョーシャのマスク・アップ。

ふっくらとした唇を閉じて次第に眼を下へ落すアリョーシャ。本当に少年のよう!

 

〇将軍。(アップ)

黙っている。左の眼尻が少し動く。数度、瞬きをした後、アリョーシャとは対照的な口髭を生やした薄い唇の端微かな笑みを含みながら、

将軍「……君は……幾つだ?」

 

〇アリョーシャ(バスト・ショット)

アリョーシャ「十九です。」

言った後に開いた口から歯をのぞかせる。少年の仕草のような、この演出が素晴らしい!

アリョーシャ「……出征する時……母に別れを言う暇(いとま)がありませんでしたから。……それと……家の屋根を直す時間を私にお与え下さい。……」

アリョーシャは言いながら、如何に勝手な願いであることを自覚したのであろう、当初の勢いが急速に萎えてゆき、眼がまた俯き勝ちになる。

 

〇壕の中(B)。

アリョーシャ「……どうか! 同志将軍閣下!……」

将軍、立ちあがってアリョーシャに近づく。カメラ、アリョーシャの右肩上方へと寄ってゆく。

将軍「我々の誰もが、故郷へ帰りたい。……しかし、我々にはここで成さねばならぬ義務があるのだ。……これは戦争だ。……そして、我々は兵士なのだ。……」

 

〇アリョーシャと将軍。

将軍は左の背後を画面右に。奥の入り口付近で哨兵がこちらを向き、上の方を警備しているのが映る。

アリョーシャ「自分は将軍の仰るようなとんでもないことを平気で言っているのではありません。……今、ここで休暇を戴けたらと……一日あれば、屋根を直して、必ず! 戻って来ます!」

将軍、やや険しい顔をしながら、左を向きながら後方を向く。カメラは同時に一緒に下がる。

何か考えている将軍。

『……とんでもないことを言ってしまった! でも、本心なんだ!』といった沈んだ、しかしどこかきっぱりとした真剣さに満ちた目を伏し目がちにしている、アリョーシャ。

将軍、ぱっと頭(かぶり)を左に短く鋭く振って。

将軍「よし! 我々はスクヴオルツォフを帰郷させてやろうじゃないか?!――」

 

〇将官二人。

これは、左が壕の入り口に最も近い位置にいた、(A)で最初アリョーシャをねめ廻していた人物、右が微妙な伏線的視線を何度も投げかけた兵士。

将軍(オフで)「屋根を修理することは大事だな?――」

二人、満面の笑顔で笑う。

 

〇アリョーシャと将軍。

パッとアリョーシャの方へ振り返る将軍。

将軍「しかし! 必ず時間通りに戻ってこい!」

真っ直ぐに将軍を見つめるアリョーシャ。将軍はややアリョーシャの左前方に回り込む。(カメラにアリョーシャをしっかりと映し出させるため)。

アリョーシャ「はい! 自分は!……同志将軍閣下!……自分は! 一秒たりとも! 長居しません!」

両手のボディ・ランゲージも飛び出し、アリョーシャはあまりの至福のために、眼が吊り上がって、言葉も昂奮のあまりたどたどしい。ウラジミール・イワショフ、絶品の少年性の演技である!

 

〇机の前のアリョーシャと将軍。

回りに寄る将官。画面の明るさを保つために、正面に、入り口部分が遮るものなく、撮られる。テーブル奥(壕奥)からやや煽り。

将軍「……ああ、分かった! 分かった! まあ、座れ! お前さんは、可愛い、運のいい少年だ!……」

アリョーシャ、さっきまで将軍が座っていた位置に座って、ヘルメットを直す。

将軍はその右手に座り直すと同時に右手の若い将官がさっと野戦用地図帳を差し出す。

将軍、地図帳を繰りながら、

将軍「君の行く先は?」

アリョーシャ「ゲオルギエフスクのサスノフスカ村です! 丸一日あれば!」[やぶちゃん注:「ゲオルギエフスク」Георгиевск。ここ(グーグル・マップ・データ)。「サスノフスカ村」キリル文字転写なら「Сосновска」か? 現在のゲオルギエフスク市や周辺を調べたが、見当たらなかった。]

アリョーシャは少年の笑顔で、浮足立っている。上がった息がちゃんと録音されている。

将軍「今の状況では……君の望みも含めると……一日ではとても無理だ……」

かなり近くで機関銃の連射音が二回。

将軍「――郷里への行きに二日――ここへ戻って来るのに二日――そして屋根の修理に――二日与える!――」

茫然とするアリョーシャ。

将軍「分かったか?!」

ふらふらと立ち上がりながら将軍から眼を離さないアリョーシャ。もう、眼がイっちゃってる!

最後の部分で将官たちも笑い合う。

茫然自失のアリョーシャ、辛うじて、

アリョーシャ「……同志将軍閣下!……」

間があって。

ゆっくりと敬礼するアリョーシャ。満面の笑みを浮かべながら、子供のように、

アリョーシャ「もう?……行って? よろしいですか?」

将軍(アリョーシャの左手をポンポンと叩きながら)「ああ!――行くがいい!」

走り出すアリョーシャ。入口の手前で、

将軍「しかし時間通りに戻って来い!」

振り返ったアリョーシャ、

アリョーシャ「了解! 同志将軍閣下!」

と言い終わるのももどかしく、さっと敬礼し、振り返って壕口の上長押にヘルメットをぶつけて、また亀のように首をすくめ、大急ぎで走り出て行く。

 

〇それを見送る将軍。(肩から上のアップ)

何度か軽く首を縦に振りながら、ずっと彼の去った方を見ている。

左やや上方を見つめ、表情が何か少し淋しそうに少し固く、そして真剣になる。

主題音楽がかかって。F・O・。

 

■やぶちゃんの評釈

 「いい子だ! 今から君の名を公報に今から記す。」という台詞は、日本語字幕では「でかしたぞ 勲章を与えよう」とあるのだが、英語字幕を見ると、“good boy! I’m putting you up for a citation.”で、この“citation”は、殊勲を立てた軍人の名前を『戦時公報』の中に特記することを謂う。勿論、叙勲もあるであろう。アリョーシャは勲章はいりません、その代わり……と将軍に求めたが、戦車二台を撃破する「特筆に値する」一人戦功であったが故に、彼は休暇とともに間違いなく勲章を手に入れたはずではある。

 最後の将軍の意味深長な表情は絶妙である。当時、これを見た多くの観客(戦後十五年、ソヴィエトでの壮年の観客の多くは多かれ少なかれ戦争体験者であった)は、それぞれの心象の中で、この将軍の淋しげな表情を、それぞれの実体験に即して、感じたに違いない。――ある者は、彼を父として見るかも知れない。この将軍は年齢から推してアリョーシャとそれほど変わらない子があったかも知れない(ある意味で、将軍に対するアリョーシャ自身が、この将軍に戦争に行って帰らなかった父の面影を見ているようにも思われる)。しかし、彼の子は既に大祖国戦争で「名誉の」戦死をしていたのかも知れない。将軍の頭部の傷は、そうした心傷(トラウマ)を外化したものともとれる。――また、ある者は、秘かにイエスを思い浮かべたかもしれない。即ち、この将軍の傷は聖痕(スティグマ)でもある。多くの若き兵士たちを戦場に散らせてしまった慚愧の念を秘かに内に秘めた、「大いなる罪」を背負った荊冠のキリストである。――また、ある者は、この映画の展開上の、これから始まる六日間の休暇が、とんでもないことになる不吉な予感、伏線として将軍の表情の曇りを読み取るかも知れない。そうして、それらは総てが「真」なのである。総合芸術としての映画芸術とはそうしたものである。文学シナリオには、ここでの将軍の微妙な心象をしめすト書きは一切ない。これはもしかすると、将軍役のニコライ・クリュチコフ自身が演出した演技なのではあるまいか? クリュチコフはミハイル・ロンムの一九五六年の名作「女狙撃兵マリュートカ」のコミッサール政治局員役などに出演している、いぶし銀の名脇優である。いい俳優をチュフライは将軍に選んだ。

 以下、文学シナリオを見てみよう。まず、完成作ではカットされている(だからと言って実際に撮影されなかった訳では、無論、ないから、各自がこのシーンを心の中で映像化してみることは、本作を鑑賞する上で、非常に価値がある)前段のシークエンス部分を見る。

   《引用開始》

 戦闘は終わった。歩兵は塹壕の守りを固めている。兵士たちは煙草をくゆらせ、アルミニュームの水筒から水を飲みながら乾パンをかじっている。負傷兵が運ばれる。若者は兵士達の輪の中に立っている。彼等は若者の肩を叩き、褒め讃え、冗談を言っている。しかし、若者は疲れ果て、さして陽気な風ではなく、戦友たちを眺め回している。

 ――おい兄弟、お前は強いんだな!……どうしてやっつけたんだ。

 ――才能だ!……。

 誰かがおどける。

 ――対戦車銃手がいい。通信員ではもったいない。

 ――そうだ、今頃は、敵のタンクをどのくらいやっつけていたかしれない!

 ――どうしたのだ?

 ――陽気な兵士が驚く。

 ――少尉が電話器のために彼を殴ったんだ。

 前に若者と塹壕の中にいた老兵が、事情を説明する。

 ――だがお前がタンクをやっつけたことを話したらどうなんだ。

 ――私は話した……。

 ――彼は何と言ったんだ。

 若者はしかたなさそうな身振りをした。

 ――少尉は今困っている。

 ――陽気な兵士は同情して話す。

 ――お前が悲しむことはない。当然、ほうびを貰えるだろう。タンク二台だからな!

 ――驚くべきことだ! お前がタンクから逃げようと思ったなんて馬鹿げている。正義のための死! ……これを人々はお前に教えた。

 軍曹が話す。

 若者は何にも答えない。

 向うから声が聞えて来る。

 ――おい! みんな、スクヴオルツォフ・アレクセイを見なかったか。……

 ――彼はここにいる。

 伝令があえぎながらやって来て、若者に告げた。

 ――スクヴォルツォフ、将軍が呼んでいるぞ!

 ――ほうらきた。

 スクヴォルツォフの老戦友は声をあげる。

 ――お前に言ったろう。後退すべきだって。電話器をなくした。それが災いしたんだ。

   《引用終了》

 ここで一つ大きな違いが分かる。すなわち、映画の戦場シーンで打ち殺される老兵は、シナリオでは生きているということだ。更に、アリョーシャは実は、帰還後に通信士として、通信機(電話機)を放棄したことを上官(少尉)によって難詰され、殴られているという「事実」である。「前に若者と塹壕の中にいた老兵が、事情を説明」して、その「老戦友は声をあげ」、シークエンスの最後で、「お前に言ったろう。後退すべきだって。電話器をなくした。それが災いしたんだ」という台詞がそれを物語る。

 しかし、これはなくてよかった(映画では老兵は死んで、より、アリョーシャの対戦車戦の「真」性はいよよ、高まるからである。しかも実際にイメージしても、このシークエンスは明らかに不要である。しかし――事実としての展開としてはあることが「真」であるとも言えるのである。

 以下の文学シナリオを見る。

   《引用開始》

 将軍の司令部。遠くからでも、彼のよく響く声が聞こえる。

 ――おもちゃで遊んでいるのか。まるで幼稚園だ。何故、適時に砲火を開かなかったのか。何を待っていたのだ……。

 アレクセイは伝令と一緒にすぐ近くで、将軍を見ている。将軍はひっくりかえした箱に腰掛けている。参謀部の将校と部隊の指揮官が彼を取り囲んでいる。

 ――賢人諸君!

 将軍は彼等を叱責し続ける。

 ――側面を暴露した。歩兵は置き去りにされた。どうだね。

 ――将軍、私はすでに貴方に申し上げましたが、そこには機関銃手隊がいたのです。それは全滅したのです……。

 ――将軍、みんな疲れています……。

 ――それは知っている。しかし、それによって正当化はできない……。

 将軍はしばらく黙っていたが、また別の調子で話した。

 ――今夜、第六師団がわれわれと交替する……。ところで、スクヴォルツォフはどこかね。

 アレクセイは前に出て敬礼し、申告した。

 ――スクヴォルツォフ兵士、命令により参りました!

 将軍はじっと彼を見た。

 ――どんなことが君の周りで起ったか話してくれ。君は確か監視所にいたんだったね。

 ――そうです。

 ――どうだったんだね。

 アレクセイは、意を決して話した。

 ――私は偽りなく申し上げます。将軍、私はおじけづきました……。すでにすぐ近くまで彼等が来ていたのです……それで……。

 アレクセイは、すまなさそうに頭を垂れた。そして再び頭を持ち上げると、将軍を見ながら言った。

 ――私はおびえました。

 ――それで君は、おびえてタンク二台をやっつけたのかね。

 将軍はほほえんだ、

 まわりの将校達も笑った、

 アレクセイは周りを見まわし、笑っている将校の顔を眺め、自分も同じようにほほえんだ。

 ――恐しかったからかね。

 将軍は繰り返した。

 アレクセイはあわててうなづいた。将軍は満足そうであった。

 ――みんながこんな風におじけづいてくれれば有難いが……!

 彼は冗談を言った。

 周りで、再びどっと笑った。

 アレクセイは、どぎまぎする自分を押えつけようと努力した。

 ――そうではなかろう。

 突然、将軍が言った。

 ――恐らくそうだとすれば、タンクをやっつけなかったにちがいない。では、ほかの誰がタンクをやっつけたのかね。

 彼の目は明るく輝やいていた。

 ――私です……

 アレクセイは納得させるように答えた。

 ――将軍、私は壕にかけ込んだ時に見ました。敵がやってくるのです。私の方に真っすぐ。そしてどんどん来るのです。……私は対戦車銃をやっと見つけ、それをつかんで敵に射ち込みました。すると燃えあがりました。それは私のすぐ近くにいたのです。そして、それから二番目のに射ち込みました。それは少し遠いところにいました……。

 みんなはまた大声で笑った。

 ――若者よ。君が勲章を貰えるように申告しよう。

 将軍は言った。そして、老士官に向ってせかせるように言った。

 ――記録しなさい。

 突然、スクヴォルツォフは言った。

 ――将軍、勲章のかわりに母に会いに行ってはいけませんか。

 将校達はちょっと首を振って微笑した。

 将軍は注意深くアレクセイを見ていたが、同じように微笑し、彼に質問した。

 ――君は幾つかね。

 アレクセイは答えた。

 ――十九才です。将軍、私は前線に出動する時、母に別れを告げて来なかったのです。屋根が壊れたと手紙で言って来ました。将軍、どうか、一日休暇を下さい。

 将軍は考えていた。

 ――家に行くことは悪くない。だが、スクヴォルツォフ、我々を戦場に残してはいけない。今は戦争だ。君も、我々も、共に兵隊だからな。

 ――私は戦場から別れようとしているのではないのです。将軍、休暇を頂くだけですから。一日だけでよいのです。屋根を修理すればすぐに帰って来ます。……

 ――では、スクヴォルツォフに休暇を与えるように。……

 将軍は快活に言った。

 ――将軍! ……私は……

 アレクセイは、うれしさに息をはずませて言った。

 ――将軍、私は一所懸命に闘います。

 ――もう、よい。

 将軍は彼の言葉をさえぎり、嘆息し、うらやましそうに言った。

 ――スクヴォルツォフ、君は運がよい。君の故郷はどこかね。

 ――私の故郷は、ゲオルギエフスクのサスノフカ村です。一昼夜かかるでしょう。

 ――いいや、私の兄弟よ、今の時代では一昼夜はむりだ。往復で四昼夜与えよう。それからもう二昼夜。どうだ、満足かね。

   《引用終了》

最後の部分は極めて小説的なエンディングで、シナリオが専ら「文脈」のみを意識して、その結果生じてしまった「非現実性」「不連続性」を――映像は美事に「現実」と「自然な時間的と引き戻している! 私はこれ以上のつまらぬ謂いをここに語る必要を、認めないのである。]

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