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2013/01/06

復讐 火野葦平

これは、滑稽の甲羅を纏いながら、その実、不思議に胸を衝かれる現代版の異類婚姻譚である。私は打ち終えて、思わず指に生臭い臭気を感じた――



   復讐

 

           一

 

 十五夜は過ぎたが、まだ滿月といつてもよいほどの大きくて明るい月が山道(さんだう)を照らしてゐた。峠を越すと、竹林(ちくりん)や杉林や、芒原(すすきはら)ごしにキラキラ光つてゐる犬鳴川(いぬなきがは)の流れが眼下に隱見した。森の奧でフクロフが鳴いてゐる。この赤座山(あかざやま)はさう高くも深くもなく、まはりは村落でとりかこまれてゐるのだが、山中には人家はないので、夜がふけるとやはり不氣味であつた。

 このさびしい山道を、獵銃を肩にかついだ宗八は千鳥足で、自宅のある竹塚村へ急いでゐた。相當に醉つぱらつてゐる模樣で、まつすぐに歩くことができない。ジグザグによろめきながら、ときには斷崖の端まで行つて落らさうになる。しかし、上戸(じやうご)本性とはよくいつたもので、無意識ながらどんな危險も冒險も割合に平氣でくぐり拔けた。もつとも宗八が醉つぱらつてゐるのは今夜にかぎつたことではないから、醉つてゐるときの方が存外本性といつてよいのかも知れない。獵師仲間では腕利(き)きとして長い間幅をきかせて來たが、なにぶん傲慢(ごうまん)で貪慾(どんよく)で、亂暴者ときてゐるから、あまり評判はよくない。人にも好かれない。アルコール中毒になつてからは、一層亂行がはなはだしくなつた。喧嘩すれば六尺を越える膂力(きようりよく)絶倫のうへに、百発百中と自慢する鐡砲を持つてゐるのだから、誰も相手になる者がない。宗八を嫌ひながらも近郊の村人たちは、日本一獵師の宗さんなどとおだてあげて敬遠した。このため、宗八も大得意でいばり放題にのさばることはできたけれども、この宗八にも恐いものが二つあつた。女房と貧乏である。

 宗八の方がぞつこん惚れ、拜みたふすやうにして夫婦になつたチヨノは、はじめは宗八の獵の腕前をみとめて辛抱してゐたが、たうとう飮んだくれの怠け者に愛想をつかして逃げてしまつた。戀女房だつたので、チヨノだけはきげんを取るやうにしてゐたのに、どんなに哀願しても止(とど)まつてはくれなかつた。

「こげな娘まであるとに、おれを棄(す)てるのか」

 宗八は必死になつて、生まれた女の子をカスガヒにしようとたくらんだけれども、チヨノは子の愛にも引かされなかつた。

「貴樣、そげなこというて、別に男がでけたのとちがふか。間男しておれを見すてるのぢやないか」

 嫉妬にかられてそんなことまで口走つた。が、結局、女房を引きとめることばできなかつた。チヨノがゐなくなつてから、宗八はいよいよ荒れるやうになつた。しかし、不思議なもので、母親がゐなくても娘ヤヨイはすくすくと生長し、今では村でも評判の美しい娘に育ちあがつてゐる。宗八も、ヤヨイも、いつかチヨノがまた歸つて來るのではないかと心持ちしてゐるうちに、十年ほどが經つてしまつた。チョノの消息はまつたくわからなかつた。

 女房の次に怖(こは)いものは貧乏だつた。しかし、こちらの方は女房が宗八をすてたやうには、簡單に宗八をすてなかつた。それどころか、いよいよ執拗にまつはりついて離れない。おまけに、あまり深くもない山を長い間狩りつくしたため、猪(ゐのしし)も、狐も、狸も、兎も、雉子(きじ)も、鳩もほとんどゐなくなつてしまつて、近ごろでは一日山をうろついても小鳥一羽とれない日もあるやうになつた。といつて、獵銃と別れる決心は宗八にはなかなかつかない。いよいよ酒を浴びる度合(どあひ)が深くなるばかりである。

 今日も宗八は燒酎をしこたま飮んだ。酒店といふ酒店はもうどこも借り倒してゐるので、惡い強い酒で早く醉ふしか法がなくなつてゐたが、今夜は龍野村で、鎭守の祭禮に來てゐた香具師(やし)の仲間と飮み、例によつて大喧嘩をやらかしたのであつた。香具師の親分から、獵師などはやめて、手品使ひになつた方が酒が餘計飮めるぞとからかはれたからである。

「痩せても枯れても、竹塚の宗八は北九州では聞えた獵師ぢや。いんや、腕は日本一、たれがしがない香具師の仲間なんかに入るもんか。いまに、虎か、ライオンか、お前さんらがびつくりするものを射とめて見せらァ。そのときに、宗八さんを拜むがええ」

 そんな啖呵(たんか)を切り、二三人張りたふしておいて、歸路についたのであつた。

 

         二

 

 坂道をくだると、犬鳴川(いんなきがは)の岸に出た。せせらぎの音が醉耳(すゐじ)を打つ。醉つてゐても美しいものには氣をとられるので、キラキラ光る流れの水面を見ながら、宗八はよろめき歩いた。はるかの遠くに竹塚村の灯(ひ)がひとつ見えて來た。この時刻にもう起きてゐる家はないから、その燈は宗八の家で、父のかへりをヤヨイがまだ起きて待つてゐるのに相違なかつた。娘を愛する心は世間の父親なみなので、宗八もその灯を目ざしてさらに歩度を早めた。

「あいつには、ええ婿をとつてやらにやならん。酒飮みでない、仕事をようする、腕のええ、氣立のええ、男ぶりのええ婿を見つけてやらにやならん」

 その親心もまづ世間なみであつた。

 さうして、芒(すすき)が密生して銀色に光りながら、秋風にゆらめいてゐる土堤のかげまで來たとき、宗八は、

「おやッ?」

 と呟(つぶや)いて、立ちどまつた。

 妙なものを見たのである。自分とは五間とは離れてゐない、川の中の大きな岩のうへに誰かがしやがんでゐる。とつさには子供かと思つた。子供が裸になつて泳いでゐるのかと思つた。身體が月光につやつやしく光つてゐる。しかし、その月光がその生き物の頭のうへを、靑くキラッとガラスのやうに光らせるのを見たとき、

「河童ぢや」

 宗八はまた思はず呟いた。大あわてで土堤のかげに陰れた。芒の穗の間からそつと顏をのぞかせてもう一度よく見た。河童にちがひなかつた。頭上で光つたのは頭の皿だつた。宗八の眼にしだいに妖(あや)しい殘忍のいろがみなぎりはじめた。醉つてゐるときの方が本性に近くなる宗八の心に、急速に、狡猾(かうかつ)な計算がわきあがり、最近とんと感じたことのなかつた雀躍(こをどり)に値するよろこびと希望とが、この貧乏に飽いた哀れな獵師の全精神をゆるがしはじめてゐた。

 宗八はそつと獵銃をかまへると、岩上の河童にむかつて照準をあはせた。距離が近く、月が明るいうへに、河童はすこしも動かないので、熟練した獵師にとつてこんな容易な標的はなかつた。

 河童にとつては一代の不覺であつたといはなければならない。これが普通の狀態であつたならば、足音高く千鳥足でやつて來る人間に氣づかないはずはなかつたのに、このとき、河童はどんな物音も耳に入らないやうな心理狀態におちいつてゐたのであつた。それは河童が悲しみにとざされてゐたためである。

 この犬鳴川には河童はあまりたくさんはゐなかつたが、その中でも與助坊とキノといふ夫婦河童はもつとも淵の深い水の淸い場所に棲んでゐて、河童仲間からはうらやまれる仲であつた。ところがどうしたものか子供が生まれず、生活をまぎらせてくれるものがないので、ときどき夫婦喧嘩をする。どんなに惚れあつてゐても、毎日顏をつきあはせて同じ家に住んで居れば、話題はなくなるし、退屈になる。それにしだいに缺點も見えて來るから、ついいはなくともよいことをどららかがいひだして、口論になる。言葉の勢では、なにもお前一人が女ぢやないさ、といふやうなことを亭主がいひだすと、女房の方も、フン、あんた一人が男かね、と鸚鵡(あうむ)返しする。口返答が重なるうちに、これまで考へたこともなかつたやうな突飛(とつぴ)な憎まれ口もとびだす始末になるのだつた。

 今夜も、夫婦がそんな仲よし喧嘩をしたのであつた。原因はただ晩めしの胡瓜の刻(きざ)みかたが惡かつたといふたわいもないことだつた。いひ募(つの)つてゐるうちに、

「そんな胡瓜の切りかたしか出束ん奴に、女房の資格があるか」

 と、與助坊がどなつたのである。

「そんなら、もつと胡瓜の料理の上手なお嫁さんをもらひなさい」

「もらふとも。實はこれまで隱しとつたが、おれには女があるんだ。その女は胡瓜の刻みかたのうまいことは勿論、胡瓜を十二とほりに料理できる。胡瓜けぢやない。茄子でもカボチャでも、魚でも、顎(あご)が落らるやうにおいしく作るよ」

「そんなら、あたしは出て行くわ」

「うん、出て行け」

 どちらも言葉のはずみだつた。與助坊に女などはゐない。どうしてそんな言葉が自分の口をついて出たのか、彼自身が不思議なやうだつた。キノも騎虎(きこ)の勢(いきほひ)プイと淵の家とびだすと、犬鳴川の流れを泳いで、中流の岩のところに來てうづくまつた。

 月光が美しかつた。川のいたるところにある淺瀨に流れがせせらぎ、川面はキラキラと銀色の饗宴である。そのなかを魚がナイフのやうに光つて飛ぶ。兩岸の芒もゆらめきながらこれに風情を添へてゐる。しかし、かういふ月と川と山の美しさも、今夜ばかりはキノを慰めることはできなかつた。嫉妬は女の身についた裝飾であるから、キノも夫の一言に心をかきみだされてゐた。夫を信じきつてゐたので、その裏切られかたがはげしくこたへた。キノとて言葉の行きがかりと思はぬでもなかつたが、やはり疑心暗鬼はどんなに追つぱらつても去らず、悲しみで消えてしまひたいやうであつた。夫のいつた女は誰かと考へてみて思ひあたらない。犬鳴川ではなくて、遠賀川(をんががは)の女河童かと考へる。それとも小倉の紫川(むらさきがは)か。田川の彦山川(ひこさんがは)か。最近、四五囘、北九州の河童会議があるといつて、出かけて行つたから、そのときに女ができたのか。考へだすと切りがなくなり、キノは錯亂しさうになつて來るのだつた。

 たまたま、かういふときであつたので、危險な人物がほんの五六間しか離れてゐないところに近づいたことを、キノはまつたく氣づかなかつたのである。

 宗八はねらひをさだめると、引鐡(ひきがね)引いた。するどい一發の銃聲が川面をつたつて全山に谺(こだま)した。叫び聲をあげる間もなく、岩上からころがり落ちた河童を見て、宗八はニタッと會心の笑みをもらした。大いそぎでジャブジャブと川の中に入り、河童の屍駭を荒繩で引つくくつた。それを鐡砲にぶらさげて肩にかつぐと、岸にあがり、もと來た山道を、龍野村の方向に一散に走りだした。

「畜生奴、ざまァみやがれ」

 宗八は走りながら、大聾で笑つた。誰にむかつて投げた言葉かわからなかつた。爆發するやうな衝動が心内をゆすぶりたて、宗八は異樣な興奮狀態にあつた。宗八の笑ひ聾が深夜の森に不氣味に谺し、フクロフの聲もしばらくやんだ。

 峠に來て宗八はふりかへつた。竹塚村はふたたび遠くなつたが、はるかに灯のついてゐる自分の家は見えた。

「ヤヨイ、きれいな着物を買うてかへつてやるぞ。お前の欲しがつとつたカンザシも、朱塗の下駄も買うてかへつてやるぞ」

 宗八の眼に涙が光つてゐた。河童をひつかついだ宗八はどんどん龍野村への道を走りくだつた。祭の太鼓がしだいに近づいて來た。

 

           三

 

 それから數日の後、龍野村鎭守の秋祭はこれまでになかつた大勢の客を、北九州各地から殺到させてゐた。河童の見世物のためである。河童といふものを傳説としてききつたへてゐたり、近郊でも河童が子供を川へ引きこんで尻子玉(しりこだま)を拔いたり、胡瓜や茄子畑を荒したりすることは知つてゐても、實際は河童を見た者は少かつたので、正眞正銘ほんものの河童の見世物があるとなると、見物がおしよせるのも無理はなかつた。評判は評判を呼んで、龍野村はごつたがへす賑はひだつた。

「さァ、いらはい、いらはい。またと見られぬ天下の奇觀、頭には皿、背には甲羅、兩手兩足にはミヅカキのあるほんもののカッパ、どこやらの誰やらさんのインチキな作り物とは事變り、切れば血も出るカッパの肉體、しかも妙齡花も恥ぢらふ女カッパ、これ見落して後世に悔いをのこすなかれ。さァ、さァ、錢は見てのおかへり。早いが勝ち、いらはい、いらはい」

 口上にいつはりはなかつた。集つて來た見物人は金網の中にアルコール浸けにされてゐる河童を見て、眼を丸くした。しかし、愉快な觀物ではなかつた。獵銃で射殺された屍骸であるから、むざんであるうへに、河童は異樣な臭氣を放つてゐた。それはなんとも形容のしようもないもので、魚と苔と糞尿とをごつちやにしたやうな、強烈で嘔吐をさそふにほひであつた。アルコールもこの惡臭を消すことができなかつた。誰も顏をしかめ、鼻をつまんで見物した。中には氣分がわるくなり、氣の弱い者はかへつてから寢つく始末だつた。

 香具師(やし)は大ホクホクである。獵師の宗八と一度は喧嘩したけれども、河童を射とめて賣りに來たので、早速仲なほりした。宗八は啖呵を切つて、虎かライオンかしとめてみせるといばつたが、虎やライオンよりも河童の方がずつと見世物としては興行價値がある。虎やライオンはこの節どこの動物園にもゐて珍しくない。香具師の親分は氣前よく、宗八へいひなりの代金を拂つた。長年の貧乏暮しのため、大金といふ觀念がずれてゐた宗八は、法外の値をふつかけたつもりであつたが、興行師の方からみれば、ほくそ笑みたいほどの少額だつたので、商談は二つ返事で成立した。はたして思惑どほり、客は連日大入滿員、宗八へ拂つた金などは一日で囘收できた。

 或る日、香具師の親分は、宗八親娘(おやこ)を招待した。竹塚まで自動車を迎へにやつた。宗八も久しぶりにさつぱりした風體をしてゐたが、娘ヤヨイのあでやかさは人目をひいた。どうしてあんな飮んだくれの亂暴者にあんなきれいな子ができたのか、ほんたうに宗八の種かなどといふ者さへあつたほどである。

「お言葉に甘えて、娘づれで參りましたばい」

 宗八はもう醉つぱらつてゐた。

「宗八さんにお禮をいはにやならんです。ごらんのとほり、毎日、押すな押すなでしてなァ」

「そりやア結構、わたしもうれしいです」

「ほう、こりやァ立派な娘さんがあんなさるなァ」

「ヘヘヘヘ、この子ひとりがわたしの賴りでしてなァ。ええ婿をもろうてやらうと考へとるです。酒を飮まん、よう働く、腕のええ、氣立のええ、男ぶりのええ婿をな」

 ヤヨイは大きな父のかげになつて、パッと赤らんだ。その恥ぢらふ姿がいちだんと美しかつた。

 群衆に押されながら河童の網のところに來た。臭氣に鼻をつまみながら、ヤヨイは顏を曇らせた。話にきいただけではさほどにも思はなかつたのに、眼前に見ればそのむごたらしさは言語に絶してゐた。あふむけにされてゐる河童の胸に二つの乳房があるのを見て、ヤヨイは胸が引きしめられるやうであつた。自分の乳が痛くなつて來て、兩手でそつとおさへた。河童といへども生ある者だから、戀といふこともあるであらう。この女河童には戀人か夫かがなかつただらうか。もう血のたぎる年ごろになつてゐたヤヨイは、そんなことを考へると、この女河童が哀れでならなかつた。眼を掩ひたいやうだつた。この河童を射ち殺した父が急に恐しくなり、これを見世物にする香具師が憎らしくなつた。父も香具師も人間ではないやうな氣さへした。自分が着てゐる新しいきれいな着物も、朱塗りの下駄も、カンザシも、この河童を賣つた金で買つた物かと考へると、ヤヨイはぞつとして來て、氣が遠くなる思ひだつた。

 群衆の中からかういふヤヨイをじつと見てゐる一人の若者があつた。三十そこそこかと思はれる端正な顏立ちで、綠色の着物を着てゐた。女河童の屍骸を見るこの青年の眼も、異樣な苦痛にみたされてゐたが、なにかうなづくと、すこしづつ見物を押しわけて、ヤヨイに近づいて來た。

「お孃さん、あなたはすすんで、これをごらんになりに來なさつたのですか」

 耳に息のかかる近きで、聲をかけた。ヤヨイはふりむいて、相手の端麗さにちよつとどぎまぎしたが、

「いいえ、父に誘はれて參りましたの」

「どう思ひになりますか」

「來なければよかつたと後悔して居りますわ」

「僕もです。僕も父に無理矢理つれて來られたのですが、見るにたへなくなりました」

「この女の河童が可哀さうで、涙が出さうです」

「コラコラ、ヤヨイ、見知らん男と話なんかすんな。こつちに來い」

 宗八は娘の手をつかむと、ぐんぐん引きずつて、表に出た。

 後に舜つた若い男はヤヨイの姿が見えなくなつてしまふと、金網の中の女河童に視線をうつした。いひやうもない苦澁の表情がふたたび彼の顏を掩つた。この靑年は與助坊が化けて來た者であつたから、その心中は張りさける思ひであつたにちがひない。與助坊はキノの屍體をにらむやうにし、兩手を組んで、口中でなにか呪文(じゆもん)となへた。それから人ごみをかきわげてせかせかと表に出て行つた。

 見世物に異變がおこつた。その日が暮れてしまはないうちに、金網の中の河童の屍骸はすつかりドロドロの靑苔(あをこけ)の汁になつて溶けてしまつたのである。いふまでもなくそれは與助坊のほどこした術のためで、嚴重な細目の金網のため、妻を奪還(だつくわん)することができないと知つたときの、夫としての最後の愛情であつた。

 

           四

 

 宗八は毎日酒びたりであつた。思ひがけず入つた金のため、誰にはばかるところもなく酒が飮めるので、お大盡になつたやうな氣持である。獵にも行かなかつた。そして、毎日、娘を使つては村の酒屋に酒買ひにやつた。

「一升二升は面倒くきい。五升樽か、一斗樽かを買うて來い」

 ヤヨイは父にさからはなかつた。酒をとめる氣持もなかつた。むしろ、早く河童を賣つた金が盡きてしまふことを願ひ、できるだけ高い酒を買ふことにした。肴(さかな)にもほとんど無駄使ひとも思はれるほどの金をかけた。これまでの借金も拂つてまはつた。宗八はそれには反對で、これまでの借りはタナ上げぢやなどと娘を責めたが、借りを拂はなければ通れない道がたくさんあるからといつて、父を納得させた。

 まだ月は落ちてはゐなかつた。父に追ひたてられるやうにして酒買ひに夜の道に出ると、細い月が中天にかかつてゐた。ヤヨイはいつもの地味なふだん着を着てゐた。父から買つてもらつた新しい着物や下駄やカンザシは二度と身體につける氣特にはならなかつた。父の手前すてることもできないので、簞笥の奧深くつつこんでしまつた。ヤヨイは綺羅(きら)をもつてかざらなくとも天成の質があつて、ツギハギだらけのふだん着の方がかへつて淸楚な美しさをうちだしてゐた。

 酒屋では連日連夜の宗八のふるまひにあきれてゐる。しかし、現金買ひなので惡い顏はしない。ただ使ひに來るヤヨイを氣の毒がるのだつた。

「可哀さうに、飮んだくれのオヤヂを持つと、娘は苦勞するなう。ヤヨイさんも、早(は)よ、ええ婿どんを持つこつちやなァ」

 さういはれると、ヤヨイはただ赤らんで、はにかむばかりだつた。

「ヤヨイさん、おつ母さんの行方はまだわからんとかい?」

「はい、とんと見當もつきません」

「チヨノさんでも居んなさりやァ、あんた一人がそんなに苦勞せんでもよからうになァ」

 ヤヨイとて母を思ふ心は深い。幼な顏に母の記憶ははつきり殘つてゐる。しかし、それはいつも父を罵倒してゐるたけだけしい顏で、あんまりやさしい顏とはいへなかつた。しかし、いまなら母もそんなに父と喧嘩はしないかも知れない。父は金を持つてゐるからである。このとき、ヤヨイの頭に一つの名案が浮んだ。新聞廣告をしてみたらといふことであつた。

 酒屋は一升びんをさしだして、

「これはな、『千代の松』というて、博多の箱崎でできる上等の酒ぢや。アル中のオヤヂにはもつたいないくらゐたい」

「小父さん、今夜は五升下さい」

 酒屋は眼を丸くして、

「なんやて? 五升?」

「はい、五升。今晩は五升か一斗か買うて來いとお父つあんが申しました。一斗はいらんけ、五升下さい」

 掛けではないので、酒屋はいひなりに五升樽を出して來た。

「ヤヨイさん、あんた、これ、自分で持つて歸るのけ?」

「大丈夫です」

 ヤヨイは金を拂ひ、ウントシヨと掛け聲をかけて瀨戸物の五升樽を肩にのせた。重かつた。別れをつげて村道を引きかへした。大したことはあるまいと思つたのに、酒樽はしだいに肩に食ひこんで來て、ヤヨイはへこたれた。いく度もおろし、片を變へたが、弱い女の力ではすこし無理だつた。肩がズキズキうづいて來た。

 それでもがんばりながら、竹林に芒原がつづいてゐるさびしい道を急いでゐると、

「もしもし、お孃さん」

 と、背後から聲をかける者があつた。

 ふりかへると、うすい月光のなかに、一人の若者が立つてゐた。ヤヨイは胸がドキンとした。それは龍野村の見世物小屋で逢つて以來、その面影が忘れがたくなつてゐた、あの綠色の着物を着た美しい靑年であつた。

「こつちにお出しなさい。僕がかはつて持つてあげませう」

 若者はヤヨイの肩から五升樽をうけとつた。まるで風船のやうな輕さで、青年の肩に乘つた。はつとしたヤヨイはうれしさで親切な男の顏を見ながら、兩手で自分の肩をたたいたりもんだりした。若者は少しも重さを感じてゐない樣子なので、凛(り)々しい風貌と相まつて、ヤヨイに力ずよい賴もしさを感じさせた。かうなればもはや、ヤヨイの心に戀が芽生えたものといつてよい。祭のとき以來忘れられなくなり、いつかどこかでもう一度お目にかかりたいと、せつない氣持でゐたのだから、もう若者の虜(とりこ)となつてゐるといつてよかつた。妻を殺された與助坊は復讐のために、まづ宗八の娘を誘惑してやらうとたくらんだのだが、その條件は思つたより簡單にととのつたわけである。大した手練手管(てれんてくだ)を必要としなくなつた。いつでもヤヨイは若者の意のままになるにちがひない。

「先日は失禮しました」

「あたしこそ」

 二人は途々(みちみち)、龍野鎭守の見世物の話をした。どちらも女河童を哀れむ心は一致してゐたので、おたがひの心もうちとけ、いつかしっくりととけあつて行くやうにみえた。

 宗八の家が近づいて來た。灯のついてゐる奧の間で、なにか出鱈目な節で歌をどなつてゐる聲がきこえた。

 入口まで來て、若者は酒樽をおろした。

 「ありがたうございました。助かりましたわ。肩が痛かつたでせう?」

 「なんの、一斗樽でも平氣ですよ。それでは、ここで、……また、いつか、……」

 ヤヨイが心のこりさうにしてゐるのもかまはず、靑年はスタスタと山道の方へ歩き去つた。犬鳴川(いんなきがは)の芒土堤(すすきどて)のところで、その姿がふつと消えるやうに見えなくなつた。赤座山にのみこまれたやうにも見えた。與助坊の方はすでにヤヨイが自分に心ひかれてゐることをはつきりとたしかめ得たので、誘惑の第一歩は成功したと思ひ、わざと名も名乘らず別れたのであつた。女たらしの小さな手練手管である。氣をもたせておけば、思ひを募らせる結果になるから、次に逢ふときに手間が省(はぶ)ける。一擧に事をはからうとするのは上乘の策ではない。與助坊の計算のとほりだつた。ヤヨイはもうたまらない氣持になり、この次に逢つたときには、身も心もあの方におまかせしようと、切迫した思ひに全身を焦がしてゐた。

「お父つあん、ただ今」

「おそかつたなう。なにしとつたんぢや?」

「この五升樽重たうて。一升びんを下げてかへるやうなわけにはいかんわ」

「酒屋の奴、小僧にでも持たせてやりやがりやええとに。……さうか、それは大儀ぢやつた。……そらさうと、ヤヨイ、お前、表で誰かと話しとりやせんぢやつたか」

「いいえ」

「をかしいなァ。たしかに、話し聲がきこえたやうに思うたが。男の聲のやうぢやつた」

「ハツハツハツハツ、そんなことがあるもんか。お父つあんが酒に醉うて、風の音をききそこなうたとよ。月が下がつてから、風がだいぶんはげしゆう出て來たけ」

 ヤヨイは必死に笑ひにまぎらせた。生まれてはじめて、ヤヨイに祕密ができたのである。

 

           五

 

 龍野村の見世物小屋で溶解した女河童のことは、しばらく近郊の話題をにぎはせた。儲けるだけは儲けてゐたのに、もつと大儲けしたかつた香具師の親分は地團太ふんで口惜しがつた。全國を持ちまはれば莫大な産をきづくことは歷然としてゐた。しかし、溶けてしまつたのだからどうにもならない。亭主の河童が來て術をほどこしたことなどは想像もつかないから、河童といふものは死ねば溶けてしまふものなのだらうと考へるほかはなかつた。九大農學部の學者先生に問ひあはせたところ、河童にはさういふ習性があると、古來いひ傳へられてゐるといふ返事があつたので、やむなくあきらめた。

 ところが、困つたのはその處置だ。村役場や鎭守の神主からは早くどこかへ持ち去つてくれと嚴重に抗議された。たとへやうもない腐臭が村全體にひろがつて、頭痛や神經衰弱が日ごとにふえる始末、まるで毒ガスをばらまいたのと異ならない。靈を弔つたらこのにほひが消えるかと、坊さんを雇つて供養をいとなんでみたが、さらにその效(ききめ)がない。にほひ消しのどんな藥品を使つても、香水を五升ほど流しこんでみても、異臭はさらに強くなるばかりだつた。

 警察が出張して來て、強請立退を命じた。香具師は仕方なく荷馬車をやとひ、靑苔汁のたまつた箱を密封して、これに積んだ。龍野村を出て、草代(くさしろ)村に入つたばかりのとき、突然馬がけたたましくいなないて、がむしやらに疾走しはじめた。馬が異臭に神經ををかきれて發狂したらしかつた。馬車は曲り角に來て轉覆し、破壞された箱から河童の液汁が畑のなかにとび散つた。朝から曇り勝ちだつた空から、このとき豪雨が降りはじめて、靑苔汁は雨水とともに急速にひろがつて行つた。このため、河童の汁のしみた三町歩(ぶ)ほどの土地の農作物は全部腐つてしまつたのである。

 新聞は連日のやうに、この事件を報告した。遂に草代村の農民は香具師の親分を相手どつて、損害賠償の訴訟をおこした。この珍妙な事件には裁判所も手こずつて、長くかかつた。しかし、なんといつても香具師方が不利で、彼は儲けの全部はいふまでもなく、さらに莫大な追徴金を吐きださなければならなかつた。

 この裁判の記事の出てゐる同じ新聞の片隅に、數囘、次のやうな尋ね人の廣告が載つた。

「妻チヨノニ告グ。錢タクサンデキタ。モウ心配カケヌ。スグ歸レ、宗八」

 しかし、何日經つてもこれに對してなんの反應もなかつた。チヨノが逃げたのは貧乏のためだけではなかつたのだから、錢がどんなにできたといつたところで、チヨノの心をうごかすことはできないのかも知れなかつた。

 或るとき、白粉を首から背中まで塗りたくつた小肥りの年増女が宗八をおとづれて來た。その女は新聞廣告を見たので來たといひ、チヨノさんはもうこの世にゐないと告げた。女は海千山千をくぐつて來た色道の大家らしく、宗八を誘惑して、いつの間にか、ズルズルと家に居ついてしまつた。

 そのころ、ヤヨイも家をあけることが多くなつてゐた。いふまでもなく若者とのあひびきのためである。宗八は酒を醉ひくらひ、怪しい女にひつかかつてゐて、大事な一人娘が河童の誘惑におちいつてゐることに長く氣づかなかつた。入りこんで來たおリンは、ヤヨイのゐないことがもつけの幸なので、うすうすヤヨイの行動を氣づいてはゐたが、宗八にはなんにもいはなかつた。

 たまに、ふつと、

「ありや、ヤヨイの姿が見えんぢやないか」

 といつて、家の中を見まはすことがある。そんなとき、

「酒買ひに行きましたよ」

 さういへば、それでうなづいて納得した。

 河童の代金といつてもタカが知れてゐる。貧乏に馴れた宗八にとつては大金であったが、放埓がすこしつづくと、もう先が見えて來るやうな金額にすぎなかつた。このため、「錢タクサンデキタ」といふ一句に釣られて入りこんで來た莫連女(ばくれんをんな)も、まもなく宗八に見切りをつける氣になつたらしく、殘りの現金を全部さらつて逃走する機會をねらつてゐた。いくら色でたぶらかしてあるとはいへ、惡謀を氣づかれれば六尺の強力漢であるうへに、鐡砲の名人だから命がない。毒婦も命がけだつた。

 

           六

 犬鳴川(いんなきがは)

のせせらぎに光る月の亂舞は、十五夜のころほどではないが、いぶし銀のやうに小粒になつて、かへつて典雅な美しさを見せてゐる。その瀨をのぼりくだりする鮎(あゆ)や鯉が波しぶきを立てて水面にをどつた。ときには長い光を見せてウナギがわたつた。杉林や空士境が風にそよぎ、フクロフの聲がものがなしい。蟲も鳴いてゐる。

「さびしいことはないですか」

「いいえ」

 川のながれの中にある岩のうへにゐるのだから、普通だつたらさびしくないはずはないのだが、ヤヨイは若者と二人ゐるだけで、さびしさなどは感じなかつた。ただよろこびにふるへ、無我夢中といつてよかつた。

  この岩のうへで、キノが宗八のため射殺されたのであつた。それを知つたならばいくら戀の虜になつてゐても、ヤヨイは氣味わるさでゐたたまれなかつたにちがひない。まだ血がこびりついてゐるかも知れないのである。しかし、與助坊にしてみれば、自分の妻を殺した男の娘ををかすには、妻の死の祭壇のうへが最適の場所であつたらうし、それに或る殘忍さをも感じてゐたことは否(いな)めない。そして、所期どほり、目的をはたした。

 しかし、奇妙なことに、與助坊はこのごろは最初とはまるでちがつた心境になつてゐた。はじめはただ憎い仇の娘ををかすといふ復讐の念だけだつたのに、いく度か逢ふうちに、與助坊もヤヨイに心をひかれるやうになつたのである。美しい顏形と同樣に、いささかも人を疑ふところのない美しい心情、ただ愛のために獻身する一途な情熱――與助坊もしだいに復讐と慕情、憎しみと愛との矛盾に苦しむやうになつたのであつた。ただ復讐のためだと息ごんでゐても、内心はヤヨイを愛してゐるとすれば、この妻の祭壇のうへが恐しい場所になつて來る。亡妻への氣のとがめに、ヤヨイをしつかりと抱いてゐながら、與助坊は全身がをののく瞬間があつた。

 或る夜、また、こつそり家を拔けだして來たヤヨイが、カゴのなかに一杯、胡瓜をつめこんでゐた。

「あたしの家の畑にできたものですの。あたしが丹精こめて作りました。あなたが好きかどうか存じませんが、すこし持つて參りました。召しあがつて下さいますか」

 與助坊はヒヤッとした。河童は胡瓜が第一の好物である。まさかヤヨイから正體を看破されたわけではあるまいが、ひどく皮肉な感じがして、すぐには返事ができなかつた。

 戀人が默つてゐるので、

「おきらひですの?」

「いいや、す、好きです」

「それはよかつたわ。あたし、母が早くゐなくなりましたため、料理を小さいときからやりましたので、すこしは上手になりました。胡瓜の刻(きざ)みかたなど得意ですの。父から機械のやうだというてほめられたこともあります。胡瓜の料理でも十二とほりくらゐは作ることができます。もし與助さんがお望みでしたら、いまからでもこしらへてさしあげますわ」

 與助坊はぞつとした。胡瓜問答がもとでキノは淵底の家をとびだし、この岩のうへに來て殺される羽目になつたのだつた。あのとき口から出まかせに、おれには女がある、その女は胡瓜の刻みかたが上手で、十二とほりに料理することができる、などといつた。まつたくの出鱈目であつたのに、いま、ヤヨイがそれと同じことをいつてゐる。與助坊は恐しくなつた。死ん女房の靈がヤヨイに乘りうつつて、それをいはせてゐるのではないかと思つた。亡妻の仇をうつため、復讐の手段として敵の娘ををかしたのに、ヤヨイに心をひかれるやうになつたとすれば、キノを裏切つたことになる。その復讐を亡妻がしてゐるのではないか。さう考へはじめると、與助坊は膝頭がふるへ、背の甲羅がガチガチ鳴る。うすい月光に浮き出てゐるヤヨイの顏を恐しげに見まもらずには居られなかつた。

「與助さん、どうかなさつたの?」

 戀人の變化におどろいて、ヤヨイは怪訝(けげん)さうにたづねた。

 與助坊は急にあわてる語調になつて、

「ヤヨイさん、ここはいけない。もう一つ向かふの岩のうへに行かう」

「いいえ、ここが居心地がええわ。まるで、自分の家(うち)みたい。あなたにはじめて身をまかせた岩、あたし、ここを離れないわ」

「そんなセンチメンタなことをいつてはいけない。ここは山道に近いから、人間に見つかる。宗八さんにでも感づかれたら大變だ。あの先の岩なら、崖のかげになつてゐるから、誰にも見つかりはしない。さ、ヤヨイさん、あつちに行かう」

 しかし、このときはもう遲かつたのである。あまり戀人にさからへず、ヤヨイがしぶし立ちあがらうとしたとき、一發のするどい銃聲がして、與助坊は岩からころがり落ちた。はげしい谺が全山にひびきわたつた。

 芒土堤らかけだした宗八がジャブジャブと川をわたり、岩に近づいて來た。河童を引つくくらうとして、腰の荒繩とりだした。しかし、そのときには、もう河童の姿はどこにもなかつた。與助坊は瞬間に溶けてしまふと、犬鳴川の急流とともに流れてしまつたのである。その部分だけ、月光に靑い燐光を燃やしながら、下流の方へまたたく間に見えなくなつて行つた。

 

           七

 

 宗八の目算はすつかり外れてしまつた。怪しい女にたぶらかされてゐた間は馬鹿みたいになつてゐたが、有金をのこらず持ち去られてから、遲まきながら眼がさめた。そこへ、村人が娘ヤヨイと若い男とが、夜な夜な、犬鳴川の岩のうへであひびきしてゐると教へてくれたので、逆上したやうになつて家を出たのであつた。手には獵銃が待たれてゐた。

「大事な娘を、どこの馬の骨ともわからん奴に、とられてたまるか」

 宗八は知らなかつたが、ヤヨイと靑年との評判は早くから近郊一圓に立つてゐたらしかつた。しかし村民たちも野暮人ではなく、若い男女の濡れ場を邪魔する者もなかつた。これまでヤヨイの氣立のよさや美しさを知る者は多く、誰でもよい嫁と思ふのだが、オヤヂの宗八のことを考へると怖氣(おぢけ)づいて、緣談など持ちこむのを控へてゐたのだつた。養子に行かなくてはならないので、村の靑年もうかつに手出しをしなかつたのである。そのヤヨイに男ができたのだから、たちまち噂はひろがつて行つた。

「宗八にも、變な女子ぢやが女房できたし、ヤヨイさんにもええ婿ができたんぢやけ、親子二夫婦、まァ、めでたいこッちや」

 などとも話しあつてゐた。

 その宗八の方の女は毒婦で、甘い汁を吸へるだけ吸つて逃げてしまつた。かういふことの常習犯かも知れず、やりかたが巧妙で、手がかりといふものがまつたくなかつた。

 村人に教へられて、犬鳴川の岩のところへこつそりと忍んで來た宗八は仰天した。それは嘗て自分が女河童をしとめたところだつたが、そつと芒土堤らうかがつてみると、娘ヤヨイといつしょにゐるのは一匹の河童なのであつた。

 どういふ不覺からであつたかわからないが、與助坊はそのとき河童の姿に還元してゐた。恐らく、亡妻の復讐をおそれて慄然とした刹那、術が破れたものであらう。これを見た貪慾(どんよく)な宗八の顏にふたたび狡猾な計算がわいた。

 自分の娘が河童にたぶらかされてゐたことに對する怒りよりも、この河童を射ちころして、ふたたび大儲けしようととつさにたくらんだのである。そして、河童を射ちとめることはできたけれども、跡形もなく溶解して流れてしまつた。

「アッハッハッハッ……」

 宗八が茫然となつてゐると、發狂したヤヨイは岩上に立ちはだかつて、腹をよぢつて笑ひころげた。その聲は全山に不氣味に谺して、それまで鳴いてゐたフクロフを沈默させ、淺瀨にをどつてゐた鮎や鯉も、淵の底ふかくに沈ませた。細い月は逃げるやうにして、山の端に落ちて行つた。

 このことがあつてから、赤座山をとりまく近郊の村落は騷然となつて來た。一體、犬鳴川の河童たちは數も少かつたがおとなしい質で、人間へ害を加へたことはなかつた。他の川の河童たちのなかには子供を川に引きこんで溺らせたり、尻子玉を拔いたりする者もあつたが、犬鳴川の眷族(けんぞく)は水中の食物だけで滿足し、人間との接觸はなるべく避けてゐた。しかし、このときからその考へが根本的に變つたのである。

 彼らは愛してゐた仲間の與助坊とキノとが二人ながら、人間に殺されるとさすがに激怒した。元來がおとなしく忍耐づよかつただけに、怒りだすとはげしかつた。彼らは隊を組んで、宗八の家を襲撃した。おどろいた宗八はむやみやたらに獵銃をぶつぱなして防戰した。河童の何匹かが戰死したので、いつそう怒りが爆發した。夜毎、宗八は河童の軍勢に惱まされた。犬鳴川では、子供たらが次々に引きこまれはじめた。

 さすがに宗八も辟易(へきえき)して、村の人たちへ救ひを求めた。日ごろは毛蟲のやうにきらはれてゐた宗八であるが、河童の被害が全村におよんで來たので、竹塚村では村會をひらいて、河童對策を協議した。智慧のある者が河童退治の祕法――川に毒を流す。大きらひなツバを吐きちらす。河童の大敵である猿を動員する。鬼門(きもん)である佛飯(ぶつぱん)を投げこむ。その他の手段を用ゐることを獻議し、滿場一致で採擇された。これは早速實行に移きれたので、河童たちは閉口した。しかし、鬪志はさかんで河童たちはどんな人間の攻撃にも屈せず、さらに新しい方法を編みだして逆襲した。遠賀川(をんががは)、彦山川(ひこさんがは)、紫川(むらさきがは)などの河童たちにも應援を賴んだ。河童聯合軍があばれだしたので、人間たちも、龍野村、草代(くさしろ)村、直方(なうがた)、飯塚(いひづか)、田川(たがは)、小倉(こくら)と聯盟を結び、これに對抗した。北九州は河童と人間との一大修羅場と化したのである。この戰ひは現在もなほつづいてゐる。

 犬鳴川がやはり本元(ほんもと)だけあつて、河童の害は一番大きい。子供は勿論のこと、大人でも、角力とりでも、牛でも、馬でも、引きこまれる。河童は身體は小さいけれども、頭の皿に十分に水が滿たされてゐれば、四五匹がかりで機關車でも引きずりこむくらゐに張力だから、その被害は甚大であつた。

 或る日、たうとう、獵師宗八も引きこまれた。もともと騷ぎの原因が宗八にあつたのだから、いくら狡猾な宗八でも家にじつと引きこもつては居られない。多少の責任觀念は持つてゐる。それで、日夜をわかたず、犬鳴川のほとりをうろついて、獵銃をぶつぱなして歩いた。宗八の慾念のなかに、もう一度、河童を捕へて見世物に供し、一旗あげようといふ計算があつたことはいふまでもない。河童たちも獵銃は苦手だから、容易に近づけなかつた。

 すでに黄昏(たそがれ)が山の端から川ぶちまで彩りはじめた時刻だつた。泥醉した宗八は獵銃に彈をこめ、すごい眼つきで、川面をにらみながら、

「河童の餓鬼(がき)ども、出てうせろ。みなごろしにしてやるぞ」

 とどなつてゐた。

 そのとき、宗八は後から肩をたたかれた。

「宗八つあんぢやないな?」

「おッ」

 と、宗八は飛びあがつた。チヨノであつた。

「新聞虞告を見たもんぢやけ、歸つて來たら、あんたが河童射ちに出かけたちゆうもんぢやから、探しに來たとたい。逢ひたかつたばい」

「おれも逢ひたかつた」

 夫婦は抱きあつて泣いた。このため、獵銃が地面(ぢべた)におかれた。一匹の河童がすばやくそれを持ち去つた。怖(こは)いのは鐡砲だけだつたのだから、もうチヨノに化けた河童も用ずみだつた。さらに四五匹いつしよになつて、ズルズルと宗八を犬鳴川の深みへ引きずりこんでしまつた。仰天した宗八は喚(わめ)いてあばれたけれども、機關來車よりは輕いので、抵抗しても無駄だつた。

 水面はなんの變哲もないいつもの流れかたをしてゐたが、深い川の底で、數發の銃聲がきこえた。水中なので谺はおこらず、わづかに水面にいくつかの水泡(すいはう)が浮いたにすぎなかつた。川底で、銃殺がおこなはれたのかも知れない。

 犬鳴川畔をいくら通つても引きこまれない人間が一人だけあつた。ヤヨイである。狂人となつたヤヨイはまるで故郷でも求めるやうに、日ごと、夜ごと、川のほとりに姿をあらはした。與助坊の種を宿したのか、ヤヨイの腹はこころもち、ふくれて見えた。彼女の腕にはいつでも數本の胡瓜が抱かれてゐる。ヤヨイは嘗て與助と樂しい夢を結んだ岩のうへに立つて、なんとも知れない悲しい聲で歌をうたつた。と思ふと、急にけたたましく笑ひだす。河童たちは遠くからこれを眺めながら、われわれ河童は、けつして二度と、胡瓜の料理法について問答してはならぬと、おたがひの顏をながめてはいましめあふのが常であつた。

[やぶちゃん注:「犬鳴川」遠賀川の支流。福岡地区との分水嶺である西山(標高六四五メートル)を水源とし、宮若市中心部で八木山川と合流、直方市にて遠賀川へ合流する。現在は「いぬなきがわ」と読むが、平凡社「日本歴史地名大系」よれば、古くは本文でも後にルビが振られるように「いんなき」とも呼称した。

「赤座山」「竹塚村」「龍野村」国土地理院の地図で犬鳴川流域周辺を調べたが、不詳。後に出る「草代村」も同じ。

「遠賀川」犬鳴川は支流水系。福岡県の筑豊地区から北九州市・中間市・遠賀郡を流れる。

「小倉の紫川」福岡県北九州市小倉南区および北九州市小倉北区を流れる。

「田川の彦山川」田川郡添田町の英彦山(ひこさん:福岡県田川郡添田町と大分県中津市山国町とに跨る。標高一二〇〇メートル。)を源流とし、犬鳴川と同じく直方市で遠賀川に合流する。全長三十六キロメートルで遠賀川に合流する河川では最も長い河川である。

「箱崎」現在の福岡県福岡市東区箱崎。東区の行政上の中心地で、古い町並みが残り、筑前国一の宮で旧官幣大社の筥崎宮(はこざきぐう)などの神社や史跡が多く残る。

「莫連女」すれっからし者(女についていう語)。莫連者。莫連。ばくれんあま。]

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