龍氏詩篇 室生犀星
龍氏詩篇
一、御使よりも先に
或日晩方よりも早く
御使は下りてこられ
庭の石の上に立たれたのであらう、
何事か重要な話をしに來られたのであらう。
天使(みつかひ)はあるひは灰ばんだ雀のやうに
早々に歸られたかも知れぬ。
御使が御使の必要がないごとく
早々に歸られたかも知れぬ。
何故か?
我が友は御使よりも先きに
杖を振つて速やかに步いて行つたからだ。
二、旅びとに寄せてうたへる
あはれあはれ旅びとは
いつかはこころ安らはん
垣ほを見れば「山吹や
笠にさすべき枝のなり」
(芥川龍之介氏遺作)
旅びとはあはれあはれ
人聲もなき
山ざとに「白桃や
莟うるめる枝の反り」
三、會へないのか?
暫らく君にも會はない、
全集が來るごとに會ふやうな氣がするが、
全集が來なくなつたらどうなるだらう、
人間の輕薄さは何時でも君を忘れさせ、
何時でも君を思ひ出させて來る、
煤けむりの罩めた田端のあたりに、
垣根にそうて君は時たま步きに出てゐるのか?
それだのに既う會へないのか?
*
「芥川龍之介全集月報」第七号(昭和3(1928)年12月「芥川龍之介全集」第7回配本付録より。底本は2012年講談社発行の室生犀星「深夜の人・結婚者の手記」所収のものを用いたが、恣意的に正字化して示した。「罩めた」は通常訓ならば「こめた」であるが、私は「たちこめた」と読みたい。
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