西東三鬼句集「旗」 昭和12(1937)年
昭和十二(一九三七)年
空港
空港の靑き冬日に人あゆむ
滑走路黄なり冬海につきあたり
操縱士犬と枯草馳けまろぶ
冬天を降(お)り來て鐵の椅子にあり
空港の硝子の部屋につめたき手
郵便車かへり空港さぶくなる
大森山王
ピアノ鳴りあなた聖なる冬木と日
雪よごれ獨逸學園の旗吹かれ
枯原に北風つのり子等は去り
冬草に黑きステッキ插し憩ふ
冬日地に燻り犬共疾走す
海濱ホテル
哭く女窓の寒潮縞をなし
園を打つ海の北風に鼻とがる
荒園のましろき犬に見つめらる
冬鷗黑き帽子の上に鳴く
冬の園女の指を血つたひたり
絶壁に寒き男女の顏ならぶ
留日學生王(ワン)氏
王(ワン)氏の窓旗日の街がどんよりと
編隊機點心の茶に漣立て
王氏歌ふ招魂祭の花火鳴れば
鯉幟王氏の窓に泳ぎ連れ
厖大なる王氏の晝寢端午の日
五月の夜王氏の女友鼻低き
旦暮
祭典のよあけ雪嶺に眼を放つ
祭典のゆふべ烈風園を打つ
祭典の夜半にめざめて口渇く
誕生日
誕生日あかつきの雷顏の上に
誕生日街の鏡のわが眉目
誕生日美しき女見ずて暮れぬ
雷
昇降機しづかに雷の夜を昇る
屋上の高き女體に雷光る
雷とほく女ちかし硬き屋上に
黑
兵隊がゆくまつ黑い汽車に乘り
僧を乘せしづかに黑い艦が出る
黑雲を雷が裂く夜のをんな達
夏
巨き百合なり冷房の中心に
冷房の時計時計の時おなじ
冷房にて銀貨と換ふる靑林檎