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2013/01/22

耳嚢 巻之六 守財輪廻の事

 守財輪廻の事

 

 元文の頃の由、羽州(うしう)山形に、予が知音(ちいん)秋山某(なにがし)逗留せし頃聞(きき)し迚(とて)咄しける。天童町といふ所に、炭薪を商ふ富家有しが、平生心やすくゆき通ふなるもの、金三十兩時がりに借(か)る事ありしが、ある夜右富家の翁かりける方え來りて、金子請取べき旨申けるゆゑ、明日返し可申持置(まうすべくもちおき)候と申答へけるに、只今致し呉(くれ)侯樣(やう)にと申儘(まうすまま)、直に右金子を渡しけるに、右老人いづちへ行けん見へざるゆゑ、夜中老人三里もある處をかへり候も心もとなしと、あとを追ひ、無難に帰り給ふやと尋ければ、彼(かの)老人は昨夜頓死いたし、翌日葬禮いとなむとて、殊の外取込(とりこむ)の由答へける故、大に驚ろき、不思議成(なる)事も有(ある)なり、只今借用の金子請取(うけとり)に被參(まゐられ)、渡しぬれど、夜中獨り被歸(かえられ)候を氣遣ひ、跡より見屆(みとどけ)に參りしと申ければ、亭主甚(はなはだ)憤り、返濟なくば其通(そのとほり)の儀、聊(いささか)なる金子に付、老父へ疵を付候申方(まうしかた)、恥辱を與へしとて摑み合けるを、葬禮に差懸(さしかか)りよからぬ事と、有合(ありあひ)候者取支(とりさ)へ押鎭(おししづめ)けるが、死人を收(をさむ)るとて夜具などふるひ取(とり)片付けしに、封じたる金子、寢床より出るに付(つき)見改(みあらため)しに、上書は則(すなはち)かの自筆故、あきれて互に和睦せしとなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:夢告譚から心霊譚ではあるが、寧ろ、冒頭から四つめの「意念奇談」との親和性を強く感じさせる心霊譚である。但し、「意念奇談」は明確な離魂であるが、こちらの老人は訪れと死んだ時期が微妙ではある。

・「守財の輪廻」この「輪廻」は執着心の強いことを謂う。

・「元文」西暦一七三六年~一七四〇年。「卷之六」の執筆推定下限は文化元(一八〇四)年であるから、六十年以上遡る、かなり古い都市伝説である。

・「時がり」は「時借り」で、一時的に金などを借りること。当座の借り。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 守財への執心の事

 

 元文の頃のことの由。

 出羽国山形に私の親友で御座る秋山某(ぼう)が、逗留致いた折りに聞いたとのことで、話し呉れたもので御座る。

 天童町というところに、炭薪(すみたきぎ)を商(あきの)うておる、裕福なる商家が御座った。

 その家(や)と平生、親しく付き合(お)うて御座ったある者、金三十両を当座の間、かの家主(いえぬし)より借り受けたことがあった。

 ある夜のこと、かの富家(ふけ)の老主人、ふらっと、その三十両を借りておった男の方へと来たって、

「……かの金子……返し呉りょう……」

と申すゆえ、

「……へえ、明日(みょうにち)お返しに参らんと存じ、用意致いては御座いましたが……」

と申し開き致いたところが、老主人の答うるに、

「……只今……直ぐに渡し呉るるよう……お頼(たの)、申す……」

と丁寧な答えながら、何やらん、急(せ)かすような気味も、これあればこそ、直ちに、かの用意致いて御座った金子を渡いた。

――と

……はっと気が付くと、老人の姿は、目の前から掻き消えて御座った。

「……今、金子を渡した、とばかり……一体、どこへ行かれたものか……」

と後架なんども覗いても見えぬゆえ、

「……それにしても……この夜中、老人が三里もある道のり、これ、帰らるるは心もとなきことじゃ……」

と、一本道の山道、後を追った。

 結局、追い付くことのう、老人が家へと辿り着いてしもうたによって、不審に思いつつも、

「ご亭主は、ご無事でお帰りか?」

と門口を訪ねたところは、主人惣領が出て参り、

「……我らが父、昨夜頓死致し……今日、葬礼を営むことと相い成って御座る……家内(いえうち)もご覧の通り、殊の外、取り込んで御座るによって……」

と応じたゆえ、大いに驚ろき、

「……いや……不思議なることも、これ、あることじゃ!……実は……つい今さっき、ご亭主自ら……我らが借用致いて御座った金子を受け取りに参られ、請わるるがままにお渡し致いたが、この夜中に独りお帰りにならるる危うさを気遣い、無事、お帰りになったかどうか心配なれば、後を追って見届に参った次第……」

と申したところ、若亭主、甚だ以って憤り、

「……おのれ!……返済せずに、そのまま踏み倒さんという魂胆かッ!……たかが三十両ぽっちの金子につき、我らが老父の執着と騙(かた)るとはッ!……父の面子(めんつ)に疵をつけ呉りょうた! その憎(にっ)くき申し様! よくも! 我らが家に、おぞましき恥辱を掛けよったなッ!」

と叫ぶや、取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 されば、すぐに、

「葬礼に差し障り、以ての外の狼藉じゃ!」

と、その場に居合わせて御座った者どもが二人を分けて取り押さえ、それぞれに諭しを入れて鎮めさせ、ともかくも葬儀をとり行う仕儀と相い成った。

 ところが、さても桶に死人(しびと)を納めんと、夜具なんど振るってとり片付けたところが――

――封じた金子、これ、三十両

――寝床の間より出でたによって

――見改めたところが……

……その上書は、則ち、かの借り受けた者の自筆の封であったがゆえ、その場の者ども、一残らず、これ、呆れて、暫くものも言えずなった、と申す。

 無論、冨家の若主人と借り受けた男は、これ、互いに和睦致いた、とのことで御座る。

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