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2013/01/10

西東三鬼句集「夜の桃」 Ⅰ (「旗」を主体とした先行発表作の採録パート)

■句集「夜の桃」

(三洋社より昭和二三(一九四八)年九月五日発行)

自序

 この句集の内容は次の通りである。

 Ⅰ 戰前の二句集、三省堂刊「旗」河出書房刊「現代俳句」第三卷から選出した五十句。

 Ⅱ 戰後の昭和二十年冬から、同二十二年秋までに發表したものから選出した二百五十句。

 Ⅱの作品からは、今日の私から見て、既に削除したいものもあるが、句集は自分の歴史だから、一應殘存させることにした。

 昭和二十三年夏

           西東三鬼

[やぶちゃん注:底本に編者注として、『本「自序」中のⅡに記された「二百五十句」は誤り。実際は「二百四十七句」。』とある。]

 Ⅰ

水枕ガバリと寒い海がある

長病みの足の方向海さぶき

右の眼に大河左の眼に騎兵

白馬を少女瀆れて下りにけむ

汽車と女ゆきて月蝕はじまりぬ

手品師の指いきいきと地下の街

ランチタイム禁苑の鶴天に浮き

熱ひそかなり空中に蠅つるむ

熱さらず遠き花火は遠く咲け

算術の少年しのび泣けり夏

綠蔭に三人の老婆わらへりき

夏曉の子供よ地に馬を措き

[やぶちゃん注:『旗』では、

 夏曉の子供よ土に馬を措き

で異なる。底本によれば、この句形は『旗』刊行以前の昭和一二(一九三七)年十月号『俳句研究』発表のものである。三鬼は敢えて原型に戻している。]

冷房の時計時計の時おなじ

葡萄あまししづかに友の死をいかる

別れ來て粟燒く顏をほてらする

[やぶちゃん注:『旗』では、

 別れきて粟燒く顏をほてらする

で表記が異なる。底本によれば、この句形は『旗』刊行以前の昭和一一(一九三六)年十二月号『俳句研究』発表のものである。三鬼は敢えて原型に戻している。]

道化出でただにあゆめり子が笑ふ

道化師や大いに笑ふ馬より落ち

大辻司郎象の藝當みて笑ふ

空港の靑き冬日に人あゆむ

操縱士犬と枯草馳けまろぶ

冬天を降り來て鐵の椅子に在り

[やぶちゃん注:『旗』では、

 冬天を降り來て鐵の椅子にあり

で表記が異なる。底本によれば、この句形は本句集と別に全く同時に昭和二三(一九四八)年九月に出版された『自註句集・三鬼百句』所収されたものである。但し、この『自註句集・三鬼百句』の原形は前年の昭和二二(一九四七)年五月に新俳句人連盟総会に出席するために神戸より上京する車中で認められたものであるから、推敲の上、新たに「あり」を漢字化したものであることが分かる。]

空港の硝子の部屋につめたき手

郵便車かへり空港さむくなる

ピアノ鳴りあなた聖なる冬木と日

[やぶちゃん注:底本によれば、同時期出版の『自註句集・三鬼百句』では、

 ピアノ鳴りあなた聖なる日と冬木

と下五の語句を反転させている。この「日と冬木」の句形の方が三鬼にとっては最終決定稿であったか。]

枯原に北風つのり子等去りぬ

[やぶちゃん注:『旗』では、

 枯原に北風つのり子等は去り

で下五が異なる。底本によれば、この句形は昭和一五(一九四〇)年六月に出版された河出書房『現代俳句』第三巻に所収された三鬼の選句集『空港』に載るものである。(『旗』の刊行はこれに先立つ同年三月)因みに、この昭和一五(一九四〇)年二月から翌一六年二月にかけて『京大俳句』の関係者を含む新興俳句運動の面々が京都警察部や特別高等警察によって検挙される、所謂、京大俳句事件が起こって、三鬼も八月三十一日に特高によって一時検挙され、その後の執筆が禁じられた。]

冬草に黑きステッキ插し憩ふ

冬日地に燻り犬共疾走す

突く女窓の寒潮縞をなし

園を打つ海の北風に鼻とがる

荒園のましろき犬にみつめらる

冬鷗黑き帽子の上に鳴く

冬の園女の指を血つたひたり

絶壁に寒き男女の顏ならぶ

誕生日あかつきの雷顏の上に

昇降機しづかに雷の夜を昇る

機の車輪冬海の天に廻り止む

紅き林檎高度千米の天に嚙む

冬天に大阪蠻人嘔くはかなし

枯原を追へるわが機の影を愛す

[やぶちゃん注:『旗』では、

 枯原を追へる我機の影を愛す

で表記が異なる。底本によれば、この句形は『自註句集・三鬼百句』所収のものとする。]

わが來し天とほく凍れり煙草吸ふ

高原の向日葵の影われらの影

童子童女われらを笑ふ靑き湖畔

湖畔亭にヘヤピンこぼれ雷匂ふ

仰ぐ顏くらし靑栗宙にある

暗き湖のわれらに岸は星祭

[やぶちゃん注:『旗』では、

 暗き湖のわれらに岸は星祭り

で表記が異なる。底本によれば、この句形は選句集『空港』に載るものの再録とする。]

夜の湖ああ白い手に燐寸の火

[やぶちゃん注:『旗』では、

 夜の湖あゝ白い手に燐寸の火

で踊り字が用いられている。]

湖を去る家鴨の卵手に歎き

[やぶちゃん注:『旗』では、

 湖を去る家鴨の卵手に嘆き

で漢字表記が異なる。底本によれば、この句形は『旗』刊行以前の昭和十四(一九三九)年十月号『俳句研究』発表のものである。三鬼は敢えて原型に戻している。私も個人的にこの「歎」の方を支持するものである。]

空港なりライタア處女の手にともる

戀ふ寒し身は雪嶺の天に浮き

寒夜明るし別れて少女馳け出だす

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