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2013/01/11

耳嚢 巻之六 心ざしある農家の事

 心ざしある農家の事

 

 濃州大垣家の家士、交替せるとて東海道を下りけるに、日坂懸川(につさかかけがは)の間にて、駕の跡棒(あとぼう)をかつぎける男、もちつけ不申(まうさざる)故乘(のり)にくゝ可有之(これあるべし)と、再三度申(まうし)けれど、かつてさる事なしといひて過(すぎ)にしが、其樣いやしからざる者故、仔細こそあらんと何となく尋ねしに、我らが住居は、あいの宿より少し在(ざい)へ入(いり)候までに付(つき)、御休あらば立寄(たちより)給へかしと云(いひ)けるに、いと不審なれども其樣こそあらんと、いづれに休まんも同じ事なればと、其おのこの申(まうす)にまかせて立(たち)寄りしに、棟(むね)高き宿(やど)にて門などもひらき門にて、長屋などもゆゝしく立(たて)つゞけ、召(めし)仕ふものと見へし者ども兩三人も出で、檀那歸り給ひしやと尊崇する有さま、いとあやしく不審なりしが、茶抔出していと丁寧に馳走せし故、いかなればかゝる身がらにて、いやしき道中の荷持などなし給ふやとせちに尋ければ、是には譯有(ある)事なれば不審なし給ふも理(ことわり)なり、我等が親共は此(この)所の人ながら、若き時は世の衰へや、貧しかりしが、一生艱難苦勞して此所家々にも增(まさ)れる程の百姓になりて、かく有德(うとく)に跡式をゆづり給ひて、七年以前見まかりぬ。今年七囘忌になりて、其跡を吊(とむら)ひ法事するに、かく暮しぬればいか樣(やう)の供養法事も可成(なるべけ)れど、我等つらつら考(かんがへ)見るに、百金を懸(かけ)て法事するとも、みな親の殘し置れたる財貨なれば、何とぞ此身より稼出(かせぎいだ)したる所をもつて追善なさんは、一つの孝心にも有べけれと思ひとりて、日々往還の稼(かせぎ)をなして、此身の骨を折し價(あた)ひをとりて追善せんと思ひ初(そめ)、かくは存ぜしなり、しかはあれど、夜中など荷持かせぎなどなして盜賊其外のわざはいを恐れ、當分は召仕(めしつかふ)男をつれて荷持稼(にもつかせぎ)に出ぬるとかたりしが、めづらしき小揚取(こあげとり)と笑ひけるが、面白き心ざしのものなりと、語りぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特に感じさせないが、舞台が同じ東海道中のロケーションで並んでいて全く違和感がない。

・「濃州大垣家」美濃国大垣藩(現在の岐阜県大垣市)。戸田家氏十万石(戸田家初代は戸田氏鉄で寛永一二(一六三五)年より)。「卷之六」の執筆推定下限は文化元(一八〇四)年七月であるから、当時は大垣中興の名主と謳われた第七代藩主戸田氏教(とだうじのり)の治世であろう。

・「日坂」東海道日坂宿。現在の静岡県掛川市日坂。東海道の三大難所の一つとされる小夜の中山(掛川市佐夜鹿(さよしか)の峠。最高点の標高は二五二メートル)の西麓。

・「懸川」東海道懸川宿。現在の静岡県掛川市の中心部。

・「あいの宿」「間の宿」で正しくは「あひの」である。宿場と宿場との中間に設けられた休憩のための宿で宿泊は禁じられていた。この日坂懸川宿間の中間点となると、現在の掛川市の原子・本所・伊達方・八坂辺りか。

・「小揚取」荷物の運搬に従事する人夫。ここは駕籠掻きのこと。

・「かくは存ぜしなり、」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『かくはなせし也。』で、句読点も意味もその方が通りがよい。それで訳した。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 志しのある農家主人の事

 

 美濃国大垣家の家士が、江戸藩邸での役務を仰せつかり、交替致すによって東海道を下って御座った。

 日坂(にっさか)と懸川(かけがわ)の間にて、乗った駕籠(かご)の後棒(あとぼう)を担いでいた男が、

「――未だ――持ち慣れて――御座いませぬゆえ――乗りにくいことが――これ――御座いましょう?――」

と再三、申したのであったが、

「いや、全く以ってそのようなことは御座らぬ。」

とただ答えておったのだが、その風体(ふうてい)や言葉遣い、これ、駕籠掻きにしてはあまりに賤しからざる者で御座ったゆえ、何か格別な仔細のあるに違いないと思い、途次の休憩の折りに何とのう、尋ねねみたところが、

「……我らが住居(すまい)は、この合(あい)の宿(しゅく)より少し在(ざい)の方へ入ったところに御座いますゆえ、御休みにとあらば、一つ、今からお立ち寄り下さいまし。」

と言うたによって、駕籠掻き風情が、武家の者を家に招くというも、如何にも不審では御座ったが、何かそこに、まさに仔細があろうというもの、何処(いずこ)にて休まんも、これ同じことなればと思い、その男の申すにまかせて、男の在所に立ち寄ったところが、……これ、なんと!

……かの男の家、これ、棟高き屋敷にて、門なども両開きの豪華なる門で、おまけに両側には長屋などもどっしりしたものが、これまた、長ぁく立て続けたる立派な長屋門、召し仕(つこ)うておる者と見える者ども、三人ばかりも門外へと走り出で来たって、

「檀那さま、お歸りなされませ!」

と尊崇する有様――これまた逆に、大層、怪しく不審にても御座った。

 茶など出だいて、大層、丁寧なる馳走など致いて呉れたゆえ、

「……一体、如何なる訳が御座って、このような御身分ながら……かくも賤しき、道中の荷持ちなんどを、なさっておらるるのか?」

と切(せち)に尋ねた。すると主人(あるじ)は以下のように語り出して御座った。

「……はい、これにはちょっとした訳が御座いますれば。……御武家様が、御不審を抱かれたであろうことも、これ、尤もなることに御座いまする。……

……我らが親どもはこの在所の地の者にて御座いましたが、若き時はこの世で定められた衰退の応報ででも御座ったものか、大層、貧しゅう御座いました。ところが、一生、艱難辛苦の苦労に苦労を重ねた末、この在所の家々の中(うち)にても誰(たれ)にも負けぬほどの裕福なる百姓となりまして、かくも、ご覧になられたような富み栄えた状態で跡を我らにお譲りになって、七年以前、見罷りました。……

……さても今年は七回忌になりまして、その跡を弔い、法事致すことと相い成って御座います。……

……かくも暮しておりますれば、いかようにも、供養・法事も致さば致すことが出来まするが……我ら、そこでつらつら考えてみまするに……百金をかけて法事を成したとしても……これは皆……親の残しおいて下すった財貨によるもの。……なれば、

『――何としても、この肉身(にくみ)より稼ぎ出だいたるところを以って、追善なさんこと、これこそ、我らが出来る一つの孝心にてもあろうほどに!――』

と思い至り、日々、往還の稼ぎをなして、この一つ身の骨を折って稼いだ価いのみを以って、追善致そうと思ひ始めまして、かくなる仕儀を致いておるので御座いまする。……

……されども、夜中などに駕籠搔きなんど致しますと、これ、盜賊その外の災いを蒙ることもあるを恐れまして、当座の間は、昼の間だけ、召し仕(つこ)うておる男を連れ、駕籠掻きに出でてはおるので御座いまする。……

……いやはや、これは珍しき駕籠掻きにては御座いまするな……はははは……」

と笑って御座った。……

 

「……それにしても、まっこと、面白き志しの者にて御座る。」

と、その家士自身が私に語って御座った話である。

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