西東三鬼句集「旗」 昭和11(1936)年
昭和十一(一九三六)年
魚と降誕祭
聖き夜の鐘なかぞらに魚玻璃に
東方の聖き星凍て魚ひかる
聖き魚はなびらさむき卓に生く
圓光も燭(ひ)もみじろがね魚ねむる
聖き書(ふみ)外(と)よりも黑く魚と在り
三章
小腦をひやし小さき魚をみる
水枕ガバリと寒い海がある
不眠症魚は遠い海にゐる
病氣と軍艦
長病みの足の方向海さぶき
吹雪昏れ白き實彈射撃昏れ
水兵と砲彈の夜を熱たかし
砲音をかぞふ永片舌に溶き
アダリンが良き軍艦を白うせり
びつことなりぬ
春夕べあまたのびつこ跳ねゆけり
恢復期
松林の卓おむれつとわがひとり
黑馬に映るけしきの海が鳴る
園丁の望遠鏡の帆前船
微熱ありきのふの猫と沖をみる
肺おもたしばうばうとしてただに海
八章
右の眼に大河左の眼に騎兵
白馬を少女瀆れて下りにけむ
汽車と女ゆきて月蝕はじまりぬ
爪半月なき手を小公園に垂れ
手品師の指いきいきと地下の街
女學院燈ともり古き鴉達
猶太教寺院(シナゴク)の夕さり閑雅なる微熱
ランチタイム禁苑の鶴天に浮き
フロリダ
運轉手地に群れタンゴ高上階に
ジャズの階下(した)帽子置場の少女なり
三階ヘ靑きワルツをさかのぼる
花蝶
肩とがり月夜の蝶と花園に
花園の夜空に黑き鳥翔ける
花園にアダリンの息吐ける朝
喪章買ふ松の花散るひるさがり
松の花葬場の屋根濡れそぼち
松の花柩車の金の暮れのこる
黑蝶のめぐる銅像夕せまり
銅像の裏には靑き童(こ)がゐたり
銅像は地平に赤き雷をみる
季節と少年
靑き朝少年とほき城をみる
梅を嚙む少年の耳透きとほる
手の螢にほひ少年ねむる晝
夏瘦せて少年魚をのみゑがく
靑蚊帳に少年と魚の繪と靑き
六章
熱ひそかなり空中に蠅つるむ
熱さらず遠き花火は遠く咲け
算術の少年しのび泣けり夏
綠蔭に三人の老婆わらへりき
ハルポマルクス神の糞より生れたり
夏曉の子供よ地に馬を描き
鳳作の死
友はけさ死せり野良犬草を嚙む
笑はざりしひと日の終り葡萄食ふ
葡萄あまししづかに友の死をいかる
栗
別れきて栗燒く顏をほてらする
別れきて別れもたのし栗を食ふ
栗の皮プチプチつぶす別れ來ぬ
サアカス
道化出でただにあゆめり子が笑ふ
道化師や大いに笑ふ馬より落ち
大辻司郎象の藝當みて笑ふ
暗き日
暗き日の議事堂とわが白く立ち
議事堂へ風吹き煙草火がつかぬ
議事堂の繪のこの煙草高くなりぬ
冬
水平線あるのみ靑い北風に
冬海へ體温計を振り又振り
ダグラス機冬天に消え微熱あり
顏つめたしにんにくの香の唾を吐き
黑き旗體温表に描きあそぶ
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