耳嚢 巻之六 いぼをとる呪の事 (二話)
いぼをとる呪の事
雷の鳴る時、みご箒(はうき)にて、いぼの上を二三遍はき候得(さふらえ)ば、奇妙にいぼとれ候由。ためし見しに違はざるよし、人のかたりぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:なし。定番の民間伝承の呪(まじな)い療法シリーズ。雷の鳴る時という、限定性が面白い。恐らく、雷神と稲霊(いなだま)の霊力がみご箒のアース線を通じてそこに集中するのであろう。
・「みご箒」「みご」とは「稭」「稈心」などと表記し、「わらみご」、稲穂の芯のこと。藁の外側の葉や葉鞘をむき去った上部の茎。藁しべのことを言う。それを集めて作った箒のこと。
■やぶちゃん現代語訳
疣を取る呪いの事
雷の鳴る時に、稈心箒(みごほうき)を用いて、疣(いぼ)の上を二、三遍、掃いて御座れば、奇妙に、疣は取れて御座る由。試して見たところが、間違いないと、人が語って御座った。
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又
黑胡麻を、いぼの數程かぞへて、土中へ深く埋め置(おき)、右ごまくされ候得ば、いぼも失せ候なり。深く埋(うむ)るは、芽を不出(いださず)、くさらするためなり。
□やぶちゃん注
○前項連関:疣取り呪(まじな)い二連発。典型的類感呪術ながら、必ず腐らせるという解説部分が呪いの圏外にいる冷静な観察者の妙に論理的な視点で面白いではないか。ここはもしかすると、根岸の附言なのかも知れない。
・「黑胡麻」双子葉植物綱ゴマノハグサ目ゴマ科ゴマ
Sesamum indicum の種子。黒ゴマ・白ゴマ・金ゴマという区別は種皮の色の違いであり、それぞれに改良品種がある(参照したウィキの「ゴマ」によれば、ヨーロッパでは白ゴマしか流通していない)。底本鈴木氏注には、『和漢三才図会に、胡麻の花をよくすりこむと、いぼがとれるとある。茄子の液がよいというのは一般的であろう』(底本の刊行は一九七〇年であるが、現在のネット上にもウィルス性イボをナスのヘタで擦過したり、茄子を腐らせた液を塗付することで治癒したとする記載が実際にある)。『中国では塩を塗って牛になめさせると、すす落ちるという説もあるが、和漢とも灸がよくきくといっている。しかし決定的な療法がない故か、まじないや、いぼ神信仰が栄えた』と注されておられる。
■やぶちゃん現代語訳
疣を取る呪いの事 その二
黒胡麻を、疣の數だけ数えて、土中へ深く埋め置き、その胡麻が腐って御座ったならば、同時期に疣も失せて御座る。深く埋めるのは、芽を出させずに、確実に腐らせるためである。
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