蛇苺 萩原朔太郎
蛇苺
美棹
實は成りぬ、
草葉かげ、
小(ささ)やかに、
赤うして、
名も知らぬ、
實は成りぬ、
大空みれば、
日は遠しや、
輝々たる夏の午(ひる)さがり、
野路に隱(かく)れて、
唱ふもの、
魔よ
名を蛇と呼ばれて
拗者(すねもの)の
呪(のろ)ひ歌(うた)
節なれぬ
野に生ひて
光りなき身の
運命(さだめ)悲しや
世(よ)を逆(さかしま)に
のろはれし
夏の日を
妖艷の
蠱物と
口吻(くちづけ)交(かは)す蛇苺
[やぶちゃん注:『坂東太郎』第四十二号(明治三八(一九〇五)年七月発行)に「みづの人」のペン・ネーム、「蛇いちご」の標題で初出したものの、『文庫』明治三八年九月下旬号に「美棹」のペン・ネームで再録されたものを底本とした昭和五二(一九七七)年刊筑摩書房版全集第三巻の「拾遺詩篇」(一五~一七頁)の校訂本文に拠ったが、全集編者によってなされた改変を元の状態の復元して示し(一連及び二連の読点)、さらに初出にあった「蠱物(まじもの)」の読みを附し、最終行の「交す」に初出で平仮名表記になっている「かはす」の読みを附した。【2022年2月21日修正】正字漢字の不全を直し、筑摩版により消毒されたものと断じて「輝輝たる」を「輝々たる」に訂した。]