西東三鬼 拾遺(抄) 昭和三十(一九五五)年
昭和三十(一九五五)年
秋山の石曳く蟻に聲あらば
みどり子を深き落葉の眠らしめ
鷄頭の十字架の數(かず)月照らす
光るもの遠く小さし稻を刈る
雲に毒刈田に燃えて火が怒る
[やぶちゃん注:「雲に毒」とは多量の放射性物質、所謂、死の灰を含んだ雲の謂いであろう。第五福龍丸事件で知られるビキニ環礁での米軍の水爆実験は前年の一九五四年三月一日に行われた。以下の「雨に毒」の句ではっきりする。]
廻る寒し子の作品の地球儀は
[やぶちゃん注:「廻る」は手製の地球儀であるから「まわる」と読みたい気がする。韻律がぎくしゃくしているが、私は一読、忘れ難い。私には三鬼のかの名句「算術の少年しのび泣けり夏」が自動作用としてオーバー・ラップするからである。]
雨に毒拔け毛を木の葉髮などと
針金となり炎天のみゝず死す
炎天の暗き小家に琴の唄
向日葵の金の傲岸ちよんぎり插す
老斑の手を差し入れて泉犯す