一言芳談 八十四
八十四
或云、「比叡(ひえ)の御社に、いつはりて、かんなぎのまねしたる、なま女房の、十禪師の御前にて、夜うち深(ふ)け、人しづまりて後、ていとうていとう、と、鼓(つゞみ)をうちて、心すましたる聲にて、とてもかくても候、なうなう、と、うたひけり。其心を人にしひ問はれて云、生死無常の有樣を思ふに、此世の事はとてもかくても候。なう後世をたすけ給へと申すなり、云々。
〇比叡の御社、山王權現の事なり。七社の中の大宮二宮を大比叡小比叡といふ。比叡の山ふもとに有り。
〇かんなぎ、巫女と書く。みこの事なり。
〇なま女房、生媚(なまたま)、こびたる義也。
〇なま女房のなまは若の字。(句解)
〇十禪、是も山王七社の第六番目の社なり。
[やぶちゃん注:全くの無名人、しかも、恐らくは差別された賤民の女性の言葉が、「一言芳談」のほぼ中間点に突如として出現する。しかし、人間の理智の無効性を剔抉し続けてきた文脈の中、ここに登場する卑賤のホカイビトにして崇高なシャーマンとしても彼女は、正しく「かんなぎ」(巫女)としてのスティグマ(聖痕)を持ったマリアであり、卑小な人智を超越した、聖女の無辺の情=慈悲心のシンボルででもあるかのように私には素直に読めるのである。
「比叡の御社」日枝山(比叡山)の山岳信仰と神道及び天台宗が融合した神仏習合の神である山王権現で、天台宗の鎮守神。日吉権現、日吉山王権現とも呼ばれた。本邦の天台宗の開祖最澄が入唐して天台教学を学んだ天台山国清寺では、周の霊王の王子晋が神格化された道教の地主山王元弼真君が鎮守神として祀られていたことから、帰国した最澄は国清寺に倣って、比叡山延暦寺の地主神として山王権現を祀ったことに始まる。音羽山の支峰である牛尾山は古くは主穂(うしお)山と称し、家の主が神々に初穂を供える山として信仰され、日枝山(比叡山)の山岳信仰の発祥となった。また、「古事記」には『大山咋神。亦の名を山末之大主神。此の神、近淡海國の日枝山に座す。また葛野の松尾に座す』という記載があり、さらには三輪山を神体とする大神神社から大己貴神の和魂とされる大物主神が日枝山(比叡山)に勧請された。日枝山(比叡山)の山岳信仰・神道・天台宗が融合した延暦寺の鎮守神が山王権現である。天台宗が日本全国に広まるに連れ、それに併せて鎮守神山王権現を祀る山王社も全国各地に建立され、天台宗は山王権現の他にも八王子権現なども比叡山に祀り、本地垂迹に基づいて山王二十一社に本地仏を定めて山王本地曼荼羅を生み出した(以上はウィキの「山王権現」の記載に拠った)。最後の部分の祭祀の拡張についてはⅡの大橋氏注に、『はじめ大宮・聖真子・八王子・客人・十禅師・三宮の七社があったが、のちこれに中の七社、下の七社が加えられて二十一社となった』とある。
大宮(おおみや)は本地は釈迦、
聖真子(しょうしんし)は宇佐八幡大菩薩で本地は阿弥陀如来、
客人(まろうど)は白山姫神で本地は十一面観音、
本話柄に登場する十禅師は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を権現と見立てたもので、国常立尊(くにのとこたちのみこと)から数えて第十番目の神に当たり、法華経を守護する僧形の春日大明神、本地は地蔵菩薩、
三宮(さんのみや)は紫雲に乗って法華経を持した女性の姿で本地は普賢菩薩、
とされている。最終的には社内百八社、社外百八社に膨れ上がった(最後の七社は信頼し得る複数の辞書記載を参考にした)。
「かんなぎ」「巫/覡」と書き、古くは「かんなき・かむなぎ」と表記した。神に仕え、神楽を奏して神意を慰めたり、神降ろしをしたりする神職。通常は女性。現在の神子(みこ)の原形。しかし、この部分、「いつはりて、かんなぎのまねしたる、なま女房の」とあるのは、「なま女房の、僞りて巫女の眞似したる」で、格助詞「の」は同格であるから――若い女で、偽って巫女の装束を真似した女で――の謂い。恐らく、女性は一度男に生まれ変わらなければ極楽往生出来ないという変生男子(へんじょうなんし)の発想などによって仏教内にあっても不当に差別されていたから、彼女は誠心の祈願のために、巫女ではないのに、怪しまれないように巫女の格好をして、十禅師の社に、それも人の寝静まった深夜に祈りに参ったのである。
「ていとう」副詞で、鼓を打つ擬音語。
「鼓」ここは小鼓であろう。私は彼女は高い確率で、歌舞音曲に身を売ることを身過ぎとしていた女性芸能者であるように思われる。だからこそ、その巫女の姿や、謠いも上手いのである。
「とてもかくても候、なうなう」「とてもかくても」は「迚も斯くても」で、いずれにせよ、どっちみち、又は、どのようにしてでも、どうあろうと、の意。何れも含意のある謂いであろう。「なうなう」は「喃喃」で、感動詞。呼び掛けの語で、「もしもし」、又は、軽い感動を表すときにいう語で、「ああ」。ここは、
――「もし! 十禅師さま!……もし! 瓊瓊杵尊さま!……何れに致しましても……どのように致しましても……ああっ! 権現さま!……ああっ! 春日大明神さま!……もし! 地蔵菩薩さまよ!……」――
と言ったエクスタシーの祭文である。……暗闇に巫女の白装束……鼓の高いぽんぽんという音(ね)……艶にして妖しい若き女の謠いの響き――
「しひ問はれて」「しひ」は「強ひ」で、巫女に変装した賤女の、意味不明の、祈りに、神人(じにん)などの下級神職が捕えて糾問したのであろう。
「生死無常の有樣を思ふに、此世の事はとてもかくても候。なう後世をたすけ給へと申すなり」生死無常の現世の有り様を感じまするに、この世での我ら、これ、たとえ、どうなっても、一向に構いませぬゆえ、何卒、ただ、只管に――後世をお救い下さいませ――とのみ、申し上げておるので御座います。……]

