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2013/02/13

耳嚢 巻之六 野州樺崎鶉の事

 野州樺崎鶉の事

 

 野州樺崎郷(かばさきがう)の鶉(うづら)は鳴(なく)事なし。其(その)隣郷(りんがう)は音(ね)を立てる事の由、土老のいへる。いつの頃にや、樺崎何某(なにがし)といへる人、其地を領し、鶉を好みて數多(あまた)飼置(かひおき)、金銀紅糸(こうし)をちりばめる籠に入れて寵愛せしが、或時彼(かの)鶉にむかひて、鳥類にても汝は仕合せなるものなり、かく金銀をちりばめし器に入て心を盡して飼置(かひおか)ば、嬉しかるべき事也と戲れしに、其夜の夢に鶉來りて、いかなればかく心得給ふや、金銀をちりばめし牢を作りて御身を入置(いれおか)ば、心よき事なるべきやといふと見て、夢覺めぬ。樺崎何某感心改節(かいせつ)して、鶉を愛する事を思ひ止り、飼置ける鳥を不殘(のこらず)籠を出し、再必音をたつる事あるべからず、音をたてば又捕(と)られんと教化して放しけるが、夫れより此の一郷の鶉は、音をたてざると、かたりし。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:感じさせない。ウィキの「ウズラ」によれば、本邦では室町期には既に籠を用いて鶉を飼育していたとされ、江戸に入ると、武士の間で鳴き声を競い合う「鶉合わせ」が行われて慶長期から寛永にかけてをピークに大正時代まで行われた、とある。一方また、聞きなし(鳴き声を日本語に置き換えた表現)が「御吉兆(ごきっちょう)」と聞こえることから珍重され、古くから鳴き声を楽しむ愛玩鳥として大名や商人達の間で飼われていたらしい(後半はaikoukai2氏の「鶉の鳴き声 – YouTubeから。声も聴ける)。なお、鳴かない鶉というのはいないはずである。♀は鳴かないという記載がネット上には支配的だが、♀も♂ほどはっきりとはしないが鳴くようである。個体差があるようだが、呟くように「ほよほよ……」、たまに興奮すると「ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ!」とクレッシェンドで鳴くことがあるという飼育者の方と思われる投稿記事があった。

・「野州樺崎郷」底本の鈴木氏注は、『不詳。栃木県(下野国)足利市樺崎町の辺か。』とされ、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『野州糀崎郷』とあるのを長谷川氏注では、『糀崎は樺崎か。栃木県足利市樺崎。』と同じ場所を同定されておられる。因みに樺崎は足利市所縁の地であったが、戦国時代になって足利氏の衰退とともに忘れられた。

・「鶉」キジ目キジ科ウズラ Coturnix japonica。中華人民共和国北東部・日本(主に本州中部以北)・モンゴル東部・朝鮮半島・シベリア南部などに繁殖し、冬季になると中華人民共和国南部・日本(本州中部以南)・東南アジアなどへ南下し越冬する。全長二〇センチメートル、翼長九~一〇センチメートル強。上面の羽衣は淡褐色であるが、繁殖期の♂は顔や喉・体側面の羽衣が赤褐色。草原・農耕地などに生息し、秋季から冬季にかけて五~五〇羽の小中規模の群れを形成することもある。和名「うづら(うずら)」は「蹲る(うずくまる)」「埋る(うづまる)」の「ウズ・ウヅ」に接尾語「ら」を付け加えたものとする説がある。食性は雑食で、種子・昆虫などを採餌する。卵生で一夫一妻。五~十月に植物の根元や地面の窪みの枯れ草を敷いた巣に七~十二個の卵を産む。♀のみが抱卵し、抱卵期間は十六~二十一日、雛は孵化してから二十日で飛翔できるようになり、一、二ヶ月で自立生活を始め、生後一年以内に性成熟する。古歌に詠まれ、「古事記」「万葉集」などにも詠んだ歌があり、狩猟された物や家禽として飼育された物は主に食用とされてきた。日本では平安時代に既に本種の調理法を記した書物がある(以上は主にウィキの「ウズラ」に拠ったが、和名由来の一部は個人的に補正した)。

・「樺崎何某」姓氏としては不詳。

・「改節」自身の言動のけじめたる節(せつ)を改めること。

・「再必」「さいひつ」と音読みしているか、「ふたたびかならず」と訓じているか。呼応の副詞のように下に否定を伴って「二度とは~しない/するな」の意味になりそうな語ではあるが、一般的ではない。更に岩波のカリフォルニア大学バークレー校版を見ると、ここは『爾(なんじ)必ず』となっており、これは「爾必」(なんぢかならず)の書写ミスと読んだ方がしっくりくる。それで訳した。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 野州樺崎鶉の事

 

 下野国樺崎郷(かばさきごう)の鶉(うずら)は鳴かぬ。

 その近隣の郷(さと)の鶉は、普通に鳴き声を立てるのに、ここ樺崎の鶉だけは、これ、一向に総て鳴かぬ。

 その謂われを土老が物語って御座った由。

 

……いつの頃であったか、この地は樺崎何某(なにがし)と申す御仁が領して御座ったが、殊の外、鶉を好み、数多(あまた)飼いおき、金銀紅糸(こうし)を鏤(ちりば)めた、それはもう、美麗なる竹籠に入れて、寵愛致いて御座った申す。……

……さても、ある日のこと、樺崎何某、

――ゴキッチョウ――ゴキッチョウ――

と鳴いておる籠内の鶉に向かって、

「……鳥の類いにても、汝は幸せものじゃて。……このように金銀を鏤めたる美しき入れ物の中に入(い)って……我らが心を尽くして飼いおくのであるからの。……こんなに嬉しきことは、これ、世に二つとはないことじゃ。……」

と戯れに語りかけて御座った。……

――ゴキッチョウ――ゴキッチョウ――

……ところが、その夜の夢に、鶉の来たって、

「御吉兆! 御吉兆!……一体……どのような御料簡にて……お一人で……かくも合点なさっておらるるのでしょうか?……さても……金銀紅糸を鏤めし牢屋をお作りになって……その中へ殿御自身の身を……これ入れおいたと致さば……殿は……心持ちよきとお感じになられまするか……御吉兆? 御吉兆?……」

と言うたかと見えて、夢が醒めたと申す。……

――ゴキッチョウ――ゴキッチョウ――

……翌朝のこと、樺崎何某、この霊夢に感心も致し、また、己れの誤った節をもここに改め、鶉を愛玩することを思いとどめ、飼いおいた鳥は、これ、残らず籠から出だいた上、

「――汝ら、向後、決してその鳴き声を立てること、これ、あってはならんぞ。『御吉兆』の声を立てたれば、また、かつての我らの如き心ない好事の輩(やから)に捕まることとなれば、の――」

と、含めるように鶉に教え諭して、徐ろに、解き放ったと申す。……

……鶉らは……これ如何にものびのびと嬉しそうに……叢の方へと……一声の音(ね)も挙げず……埋もれて行って御座ったと、申す。……

……さても、それより、この樺崎の郷(さと)の鶉は、これ、音(ね)を立てぬと……語り伝え御座るじゃ。……

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