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2013/02/09

西東三鬼 拾遺(抄) 昭和十一(一九三六)年

昭和十一(一九三六)年

 

ボロの旗天から埀れて日が暮れる

 

[やぶちゃん注:『傘火』六月号所収の「戦死」連作八句の掉尾。]

 

  靑子昇天

 

昇天せりてつぺん靑きマストより

 

昇天せり霧笛のこだま手にすくひ

 

昇天せりつばさに潮の香をひそめ

 

昇天せり穢土には凡愚詩をつくる

 

[やぶちゃん注:『旗艦』一月号。四句連作の喜多靑子(きたせいし)追悼句。]

 

  木馬館今もあり

 

さむき夜のおんがく褪せて木馬館

 

木馬めぐり星辰まどにふるびたる

 

くらき人木馬と老いてうづくまる

 

のがれゆく木馬の影を影が追へる

 

とこしへの木馬の輪廻凍てゆける

 

[やぶちゃん注:『京大俳句』一月号。五句連作。この「木馬館」とは、恐らく、浅草木馬館のことと思われる。ウィキの「通俗教育昆虫館」(木馬館の前身の旧正式名称)によれば、明治四〇(一九〇七)年に昆虫学者として有名な名和靖(なわやすし)が日露戦争勝利記念に昆虫館を建設したいと考え、東京市に「昆虫知識普及館」の建設を申請、土地を貸与され、同年四月二十一日に「通俗教育昆虫館」の名で開館した。開館当初こそ人気があったものの、すぐに経営は行き詰まり、後に浅草喜劇の俳優曾我廼家五九郎の援助を得て、それまでの木造から鉄筋コンクリート二階建ての建物へと改築、大正七(一九一八)年には根岸吉之助率いる根岸興行部に経営が移って、大正一一(一九二二)年には昆虫の展示は二階部分のみとなり、一階には木馬が設置され、名称も「昆虫木馬館」、やがて「木馬館」となった。昭和六(一九三一)年には昆虫展示が消え、大衆演劇の舞台となって、現在も存続している。]

 

銀簪を發止と星のその響き

 

[やぶちゃん注:『傘火』三月号の「星と或る家族」の連作五句の四句目。]

 

滿月できちがひどもは眠らない

 

月夜です閑雅な鳥は留守でした

 

  僕は

 

盗汗ふくまつはる詩魔を惡みつゝ

 

[やぶちゃん注:「盗汗」は「ねあせ」で、寝汗のこと。『旗艦』三月号所収。]

 

  絶對安靜

 

雪降れり妻いつしんに釘を打つ

 

小腦を冷やしちいさき猫とゐる

 

水枕がばりと寒い海がある

 

盗汗ふくまつはる詩魔を惡みつゝ

 

不眠症魚はとほい海にゐる

 

汽笛とべり窓の乳白曉ちかき

 

[やぶちゃん注:『京大俳句』三月号。知られた「旗」の句の初出形(四句目は既出であるが採録した)。表記やその他、有意な差がある(なお、以下の「磔刑の唄」の再校形も参照のこと)。前年昭和一〇(一九三五)年十一月、三鬼は胸部疾患で入院している(朝日文庫版三橋敏雄氏の解説には肺浸潤とある)。但し、発表一ヶ月後の四月には全治した旨の記載が底本の年譜にある。]

 

  磔刑の唄

 

小腦を冷やしちいさき魚を見る

 

夕刊の來ぬ夜ましろき檢温器

 

水枕ガバリと寒い海がある

 

仰向の磔刑あをく夜を燃ゆ

 

不眠症魚はとほい海にゐる

 

汽笛とべり窓の乳白朝遠き

 

[やぶちゃん注:『天の川』三月号。前の「絶対安静」句群の再校形。]

 

  レントゲン寫眞

 

   肺臟

 

降る雪ぞ肺の影像(ヒルム)を幽らく透き

 

   肋骨

 

雪つもる影像(ヒルム)の肋かぞふ間も

 

   坐骨

 

骨の像こゞし男根消えてあはれ

 

   びつことなりぬ

 

春夕べあまたのびつこ跳ねゆけり

 

[やぶちゃん注:『京大俳句』四月号の連作四句。]

 

船めざめ月より蒼き日を航ける

 

[やぶちゃん注:『天の川』五月号の「北海」連作五句の巻頭。]

 

螢賣る少年森の坂上に

 

[やぶちゃん注:『京大俳句』五月号の「井の頭公園」連作五句の掉尾。]

 

議事堂を背に禁苑の兵を視る

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