一言芳談 八十三
八十三
禪勝房云く、所詮、淨土門の大意は、往生極樂はやすきことと心得るまでが大事なるなり。やすしと心得つれば、かならずやすかるべきなり。然るを、近代の學生(がきしやう)の異議まちまちなるは、聖教甚深(しやうげうじんしん)なれば邪正わきまへがたし。但(ただし)、上人の仰せには、さしもの事はなかりき。
〇やすきことと心得るまでが大事なるなり、他宗の心あれば凡夫の往生がむづかしき事になるなり。愚なる者は、わが身の愚惡に卑下し、心行のつたなきにつきて、往生がむづかしくなるなり。それを思ひ切る時、決定と思へば決定なり。
〇近代、法然上人の御滅後なり。
〇いぎまちまちは、西山・鎭西・深草等の説をいふか。念佛にも觀念・工夫・稱名、義理にも事理、又不二とも説(とく)。これまちまちなり。(句解)
〇上人の仰せ、源空の仰せなり。
〇さしもの事はなかりき、それほど仔細がましき事はなかりしなり。
[やぶちゃん注:注はⅡに載って、Ⅰにないもの、Ⅰに載るが明らかにⅠの校訂者森下二郎氏をによって書き換えられたと思われる箇所を補塡・補正した。
「〇いぎまちまちは、……」の注はⅡに拠ったが、そこで「西山」は「靑山」であるのを、大橋氏が誤りとして「靑」の下に『(西)』と補正字を示しておられるものに代えた。浄土宗には法然の弟子鎮西上人の流れを汲み知恩院を本山とする浄土宗鎮西派、同じく法然の弟子西山上人の流れを汲む西山派があり、その西山派は、また、禅林寺(永観堂)を本山とする浄土宗西山禅林寺派と誓願寺を本山とする浄土宗西山深草派の三つがあり、他に、西山派の流れから分派した一遍の時宗、更に親鸞の流れを汲む浄土真宗(現在では西本願寺・東本願寺等、全十一派)がある。ともかくも、ここでは一応、それらの「異議」、法然以降の浄土宗の教学を批判していないが、同時に、いなしているのである。
「聖教甚深なれば」祖師法然の教えが深奥であるため。
「源空」法然。Ⅰはここが『法然上人』となっている。Ⅱに拠った。]

