西東三鬼 拾遺(抄) 昭和十四(一九三九)年
昭和十四(一九三九)年
走る軍馬闇の蹄鐵火を發す
馬走る闇の銃火を前に後に
砲音の壁を撫で落ち女の手
軍票を油燈(ランプ)に透し女の眼
腦底の銃彈が機體と落下した
肩章や眞鍮の數字拾はれた
戰場の空で天使や記者が泣いた
戰死記事の袋の中にみのる果實
[やぶちゃん注:以上の四句は同年『京大俳句』五月号掲載句。]
武器商人の聲なき笑富士の天に
武器商人の缺伸の顏が着陸す
武器商人醉はず造花の奧の奧に
[やぶちゃん注:以上の四句は『京大俳句』十月号掲載句。]
神戸の獅子
瀧の前處女青蜜柑吸ひ吸へといふ
瀧靑し合ひ離れ合ふ眼に落つる
神戸の獅子吠えたり別れ寢るホテル
神戸の獅子吠えて愛しき周期來る
訓練空襲しかし月夜の指を愛す
[やぶちゃん注:以上の四句は『京大俳句』十二月号掲載句。後の「現代俳句・第三巻」(昭和一五(一九四〇)年六月刊)の中の「西東三鬼集『空港』」に所収された。]