殺人事件 萩原朔太郎 (「月に吠える」版)
殺人事件
とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃の衣裝をきて、
こひびとの窓からしのびこむ、
床は晶玉、
ゆびとゆびとのあひだから、
まつさをの血がながれてゐる、
かなしい女の屍体のうへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。
しもつき上旬(はじめ)のある朝、
探偵は玻璃の衣裝をきて、
街の十字巷路(よつつじ)を曲つた。
十字巷路に秋のふんすゐ。
はやひとり探偵はうれひをかんず。
みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者(くせもの)はいつさんにすべつてゆく。
[やぶちゃん注:詩集「月に吠える」初版(大正六(一九一七)年二月感情詩社・白日社出版部共刊)より。有意な漢字表記の平仮名化が奇妙な饐えた臭いをより醸し出すことに成功している。三つのシーンからなるシークエンスが、初出とこれでは句読点によって微妙にモンタージュが異なるように思われ、また初出の第一連のラスト・カット「九月上旬の殺人。」が第二連のファースト・カットとダブる編集は、如何にも古臭い弁士附きのサイレント映画であるのに対して、ここでは全体が正しくピストルの音のサウンド・エフェクトから始まり、エンディングのいっさんに辷ってゆく曲者の跫音(あしおと)を聴かせてくれる。]
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