西東三鬼 拾遺(抄)Ⅲ
拾遺(やぶちゃん抄)Ⅲ
[やぶちゃん注:これは朝日文庫「現代俳句の世界9 西東三鬼集」(昭和五九(一九八四)年刊)を底本とし、そこで鈴木六林男編「『西東三鬼全句集』拾遺」(中央書院昭和四九(一九七四)年一月刊『季刊俳句』第二号所収)に載るところの拾遺句の抄出句を「拾遺三」として掲げたもの全九十二句の中から、私の琴線に触れる四十九句を抄出したが、本コンセプトに随い、恣意的に正字化した。]
鳩胸の誇冬霧わけ來たる
家々をつなぐ聖樂冬田晴れ
星さわぐ國の不安の除夜過ぎぬ
飛行音枯木にものる星さわぐ
耶蘇名ルカ霰はじきて友歸る
寒七日七夜の修道ルカの妻
[やぶちゃん注:「ルカ」は平畑静塔のクリスチャン・ネーム。彼は昭和二六(一九五一)年にカトリックの洗礼を受けているので、この二句は同年中の作と考えられる。関係ないが、私の勝手な洗礼名もルカである。]
狂女の手赤きもの乾す寒の窓
寒入日背につまらなく訓戒す
寒月の炎ゆるを窓に狂女眠る
寒曉や體温包み一農婦
半ば魔を恃む深雪に兩足消し
深雪踏む白き看護婦呼べばふり向く
寒の軍鷄猛るみどり子死にし家に
寒水の魚を見てゐて返事せず
雪しづか赤光(シヤクコウ)の鐡打ちに打つ
降る雪にサイレンの尾の細り消ゆ
いつまで平和春の卵に日を記す
病者等が指さし春の川光る
犬となり春の裸の月に吠ゆ
透明な氷の不安金魚浮く
不安の春花粉まみれの蜂しざり
戀猫のびしよ濡れの闇野につづく
つぶてめり込む雪達磨溶けはじむ
春土に糞まる猫の今安けし
菜の花遠し貧者に拔きし齒を返す
どの底の患者の血もてわが手染まる
土筆食ふ摘みたる人に見られつつ
看護婦の水蟲かなし春の雲
血に染む手硝子の外の朝櫻
一語のみ春の夜明けの人の聲
土堤に乾しボートの腹を赤く塗る
若者が遠野に笑ふ春の闇
泥炭の激しき流れ遠き雷
坑夫眞黑雨の地上に躍り出る
鴉騷ぎ翔ちてしづもる大新樹
毛蟲身を反らすよあけの半太陽
五月よあけの河の引き潮女眠れ
言葉なき夜汽車夏みかん晝の色
濁流の逆波燕自由なり
月光のレールが二本スト前夜
大旱の岩にかさりと蜻蛉交む
大旱の硝子戸ありて蠅唸る
働きし汗の胸板雷にさらす
曼珠沙華咲きけるわが家に旅終る
曼珠沙華最も赤し陸の果
海鳥の影過ぎしあと曼珠沙華
曼珠沙華海は怒濤となりて寄る
曼珠沙華のこして陸が海に入る
曼珠沙華より沖までの浪激し