西東三鬼 拾遺(抄) 昭和二十二(一九四七)年
昭和二十二(一九四七)年
百姓のゆまりや寒の土ひびく
簑蟲や簑の中なる眞暗闇
簑蟲の簑の枯葉の枯れ極まる
簑蟲の簑を引きづる音の夜
[やぶちゃん注:「引きづる」はママ。]
簑蟲の眠りの長さ夜の長さ
寒淸き天より鳶の逆落す
有名なる街
廣島に尽きも星もなし地の硬さ
廣島の夜陰死にたる松立てり
廣島や石橋白きのみの夜
廣島や物を食ふ時口開く
廣島や卵食ふ時口ひらく
廣島の遠き聲どつと笑ふ
廣島が口紅黑き者立たす
廣島に黑馬通り闇うごく
廣島に林檎見しより息安し
廣島や林檎見しより息安し
[やぶちゃん注:「廣島や卵食ふ時口ひらく」及び「廣島や林檎見しより息安し」の改稿は自註句集「三鬼百句」(昭和二三(一九四八)年現代俳句社刊)のもので、その他の八句は同年の『俳句人』五月号「有名なる街」句群の総てである。]
砂曇り沖に冬日の柱斜め
きりぎりす空腹感に點を打つ
炎天の女の墓石手に熱く
墓地を出で西日べたつく街に入る
書を賣るは指切るごとし晩夏の坂