耳嚢 巻之六 病犬に喰れし時呪の事
病犬に喰れし時呪の事
病犬(やまいぬ)に喰はれし時、なま大豆を喰ふに、なまぐさき事さらになし。升の角より、右喰れし所へ、たえず水をかくる事なり。なま大豆、なまぐさく覺(おぼゆ)るを度として止(やむ)る事、奇法の由、人のかたりぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:呪(まじな)いシリーズ連関。
・「病犬」「病い犬」。噛み癖のある悪しき性質(たち)の犬、または、狂犬病などの病気にに罹患している犬を言う語である。ここでは狂犬病は含まれないと考えてよい。何故なら、当時も現在も、狂犬病に罹患した犬に嚙まれ、狂犬病に罹患して発症した場合は、治療法はなく、確実に死に至るからである(但し、例えば狂犬病発生地域に行く前に感染前(暴露前)接種=予防接種を行うか、感染動物に噛まれた後(暴露後)、なるべく早く、発症前にワクチンを接種するならば発病を免れる)。即ち、本話では、犬に嚙まれ、狂犬病を除く感染症(重いものでは死亡率五〇%の破傷風から、ブドウ球菌・パスツレラ菌などによる細菌感染症など)に罹患するもの(勿論、単なる咬傷のみも含む)対象となる。
・「升の角より、右喰れし所へ、たえず水をかくる」一見、咬傷部位の洗浄効果があるようには見えるが、どうも升の角というところに、呪術的意味があるようである。丁泰丹氏のブログ「足の裏から宇宙が見える」の「大麦小豆二升五銭」の記事に、清水榮一著「一回限りの人生」(PHP出版一九九五年刊)に、昔、四国の丸亀に一人の老婆がおり、この老婆の呪いが病気に良く効くということで大評判になった。それは、「大麦小豆二升五銭(おおむぎしょうずにしょうごせん)」と三度唱えて病人の患部を擦ると、如何なる病気もたちまち治るというものであった。しかしある時、その施術に立ち会った一人の僧がその呪いが、「金鋼経」の「応無所住而生其心(おうむしょじゅうにしょうごしん)」(応に住する所無くして、而も其の心を生ずべし)に基づくものと分かったという記載があった(訓読は私のもの)。大豆に升、万病に効く――何らかの関連がある、かも知れない。
■やぶちゃん現代語訳
怪しき犬に噛まれた際の呪いの事
「……怪しき犬に噛まれた際、生の大豆を食べましても、全く生臭く感じなくなりまする。……そこで、たっぷりと水を入れた升の、その角の部分から、その噛まれた傷へ、絶えず水を注ぎかける続けまする。……すると……そのうちに、生大豆を食べると普段のように如何にも生臭く感じるようになりまする。……そうしましたら、水をかけるのを止めて、よう御座る。――それで以って悪うなることは、全く御座らぬ。――これ、奇法にて御座る。――」
と、さる御仁の語って御座った。

