地面の底の病氣の顏 萩原朔太郎
地面の底の病氣の顏
地面の底に顏があらはれ、
さみしい病人の顏があらはれ。
地面の底のくらやみに、
うらうら草の莖が萌えそめ、
鼠の巣が萌えそめ、
巣にこんがらかつてゐる、
かずしれぬ髮の毛がふるへ出し、
冬至のころの、
さびしい病氣の地面から、
ほそい靑竹の根が生えそめ、
生えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶれるごとくに視え、
じつに、じつに、あはれふかげに視え。
地面の底のくらやみに、
さみしい病人の顏があらはれ。
[やぶちゃん注:詩集「月に吠える」初版(大正六(一九一七)年二月感情詩社・白日社出版部共刊)の底本の校訂本文。実際の「月に吠える」初版では、二箇所の「萌」は「萠」、「ふるへ」は「ふるえ」である。また、「月に吠える」再版(大正一一(一九二二)年三月アルス刊)・「萩原朔太郎詩集」(昭和三(一九二八)年三月第一書房刊)・「現代詩人全集」(昭和四(一九二九)年十月新潮社刊)・「萩原朔太郎集」(昭和一一(一九三六)年四月刊新潮社新潮文庫版)では、
地面の底の病氣の顏
地面の底に顏があらはれ
さみしい病人の顏があらはれ。
地面の底のくらやみに
うらうら草の莖が萌えそめ
鼠の巣が萌えそめ
巣にこんがらかつてゐる
かずしれぬ髮の毛がふるへ出し
冬至のころの
さびしい病氣の地面から
ほそい靑竹の根が生えそめ
生えそめ
それがじつにあはれふかくみえ
けぶれるごとくに視え
じつに、じつに、あはれふかげに視え。
地面の底のくらやみに
さみしい病人の顏があらはれ。
と、多くの読点が除去されている。私はこの読点除去を採らない。朔太郎は仮名遣や語彙に拘った(但し、誤字や誤用も多い)以上に、私は彼の句読点が、彼の詩想の内在律を表現するための、極めて重要な「装置」として用いられていると考えているからである。]
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