病氣した(海底/魚介)の無題草稿 萩原朔太郎
○
うにのぐにやぐにやにただれた肉うにの肉のとくさつた海綿のはらはたから
なまこの赤い花がさき
┃ひもくらげのうすらあかりで
┃病氣のたこが手をくひ
┃いそぎんちやくが手がしなりしなり
┃また遠い海岸の岬では
┃いそぎんちやくの纎手が
↕
┃くらげのひとでのまるい口
┃魚の耳
┃ひとでの口
┃いそぎんちやくの手纎毛
┃さゞえの耳
┃いそぎんちやくの手
足をたべる病氣のたこのたぐひが足をたべる光景
また水のしたにはわがふむ水の底には
靑貝をたべる光景
またこゝの淺洲には
わがくされたるものつた肉をくふ
わがしんけいの根をくふつめた貝
[やぶちゃん注:底本の第三巻『草稿詩篇「未發表詩篇」』(四八〇頁)に載るもの。題名は底本では「海底」「魚介」が「病氣した」の下に併記されてある。取り消し線は抹消を示し、その抹消部の中でも先立って推敲抹消された部分は下線附き取り消し線で示した。因みに、底本では「ひもくらげのうすらあかりで」から「いそぎんちやくの手」までの十一行を、推敲過程で抹消されずに残った併記語句と捉えており、更にその前半の「ひもくらげのうすらあかりで」から「いそぎんちやくの纎手が」までの五行と、「くらげのひとでのまるい口」から「いそぎんちやくの手」までの六行がその中で対応する推敲詩句であると捉えている。それを私は「┃」と「↕」で示した。削除部分を除去すると、
○
ぐにやぐにやにただれたうにの肉とくさつた海綿のはらはたから
なまこの赤い花がさき
ひもくらげのうすらあかりで
遠い岬では
いそぎんちやくの纎手が
魚の耳
ひとでの口
さゞえの耳
いそぎんちやくの手
病氣のたこ足をたべる光景
靑貝をたべる光景
またこゝの淺洲には
わがしんけいの根をくふつめた貝
となる。
……さても……如何にも僕好みの……饐えた、畸形の、海の標本箱だ……