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2013/02/11

耳嚢 巻之六 守財翁可嘆笑事

 守財翁可嘆笑事

 神田邊に、さまで富饒(ふねう)にもあらざれども、吝しよくなる老人有。子といふ者もなく、姪(おい)なるものを養ひしが放蕩にして、若年の常として彼(かの)老父の心に叶はず、勘氣して追出しけるが、幼年より召仕(めしつか)ひし下人、深切になしけるが、或夜盜賊入り、彼老人を捕へ、金錢可差出(さしだすべし)とて胸に刀を拔(ぬき)つけせめはたりけれど、金錢は無之(これなき)よしを答(こたへ)れど、彼賊不聞入(ききいれず)せめけるを、二階に臥(ふせ)りし下人、階子(はしご)の下(お)り口より見て、これを救わんとしけれど、主人にあやまちあらんと見合(みあはせ)しが、密かに屋根傳へに下へおりて、銅盤(かなたら)ひを叩きけるゆゑ、あたりよりもかけ集(あつま)り、盜賊も驚ろきて迯(にげ)去りしが、彼老人大きに喜び、彼下人が働きにより金も無恙(つつがなく)、財寶も不被奪(うばはれず)、誠に禮の申べきやうなしと賞しけるが、右下人を悴(せがれ)にもいたすか、又は別に身上(しんしやう)にても爲持(もたせ)候やと人も思ひ、下人も心に思ひしが、何の沙汰もなくしばらく過ぎて、彼下人を呼び一包をあたへ、誠に盜人(ぬすびと)入りし時、汝がはたらきにて活命(かつめい)せし段、うれしくも忝しとて、聊のよしにて與へける故、少くも十金廿金も呉候やと思ひしが、包(つつみ)をひらき見しに、鳥目貮百文にてありし由。彼下人も、あまりにあきれて、かたじけなき由禮謝して、暇(いとま)をとりいづちへか行ぬ。彼老人も無程(ほどなく)、年積りて病死なしけるに、子供とてもなければ、家藏も所持のもの故、せ話するものありて、彼勘當せし姪立歸り、跡相續なせし由。誠(まこと)守財の愚翁とは、かゝるものをやいふらんと、人の語りぬ。

□やぶちゃん注
○前項連関:感じさせない。敢えて言うなら、使用単語の「豐饒」と「富饒」とで連関する。
・「守財翁可嘆笑事」は「しゆをうたんしやうすべきこと(しゅをうたんしょうすべきこと)」と読む。
・「吝しよく」吝嗇(りんしょく)。
・「姪」本字には兄弟姉妹の娘の意の「めひ(めい)」以外に、兄弟姉妹の男子、「をひ(おい)」=甥の意もあり、後文の内容から見ても、ここは「甥」である。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版でも「おい」とルビする。
・「銅盤(かなたら)ひ」の内、「たら」の部分は底本のルビ。「かな」は岩波のカリフォルニア大学バークレー校版に拠った。
・「鳥目貮百文」江戸中期の相場で仮に一両(四分)を現在の貨幣価値で八万円とすると、一分は二万円、一貫文は一分で、一貫文は一〇〇〇文であるから一文は二十円となる。但し、ビタ銭である「鳥目」は価値が下がるので、凡そ四分の一の五円。従って鳥目の二百文は現在の千円ほどの価値しかない。しかも本話柄は江戸後期であるから、一両の価値はさらに下がって五万円程になるから、もっと下がって六二五円にしかならない。これではもう、子どもの小遣銭である。

■やぶちゃん現代語訳

 守銭奴愚昧翁の失笑せざるを得ぬ事

 神田辺に、さして裕福にてもあらねど、吝嗇(りんしょく)なる老人があった。
 子という者とてもおらず、甥なるものを養ってはおったが、これがまた放蕩者にて、若気の至りの常として、かの老人の心にも叶わず、遂には、その怒りに触れ、その甥なる者は追い出されてしもうた。
 さても老人には、幼年より召し使(つこ)うておった下人、これ、如何にも誠心を以って仕えておる者が、あった。
 ある夜、老人宅に盜賊が押し入り、かの老人をとりひして、
「金――出さんかい!」
と、抜き身の小刀(さすが)を胸に突きつけて責めたてたが、
「金は――ない!」
と執拗(しゅうね)く否みたれど、かの賊、聞き入れず、さらに痛く責めたてたところを、二階に伏せっておった下人が、この様子を階子(はしご)段の降り口より偸み見、
『これは一大事! お救いせねば!』
と思うたものの、
『下手に出て、ご主人さまに万一のことがあっては、なるまい!』
と、助太刀は見合わせ、密かに屋根伝いに外へ降りて、庭先にあった金盥(かなだらい)を、
――ガン! ガン! ガン! ガン! ガガンガ! ガン!
と叩いたによって、近隣の衆も駈け集(つど)って参ったゆえ、盜賊も驚いて、これ、すたこらさっさと、逃げ去ったと申す。
 されば、かの老人、大いに喜び、下人に、
「……そなたの働きにより、金も恙なく、財宝も奪われず、誠に礼の申べきようもない!」
と口を極めて褒め讃えたによって、近隣の衆も、
「……これはもう、あの下男を悴(せがれ)にでも致すか、または、別に相応の金子を分けて一軒を持たするか……」
と噂致し、また、下男自身も口に出さねど、同様の思いを致いておったれど……
……それ以後、老人より、これ、何の沙汰もなく……
……大分、時も過ぎた忘れた頃になって、老翁、かの下人を呼びつけた。
 老人、徐ろに、
「――いや――誠に盜人(ぬすびと)が押し入った折りには――汝が働きにて、これ、命拾い致いた段――まっこと! 嬉しくも忝いことであった!」
という、ご大層な言いとともに、
「――これは些少にてはあるが……」
とて、一包を恭しう授けたによって、下人は、
『少くとも、十両や二十両は、これ、包んで下すって御座ろうかのぅ!』
と思いつつ、その場で拝むように包みを開いて見たところが、
――中にあったは……ビタ銭二百文……
「…………」
かの下男も、あまりにことに呆れ果て、
「……忝のう……御座る……さても……我ら……思うところあれば……これにて……お暇ま仕ることと……致しやす……ナガ、ナガと……ありがとう……ご、ぜ、え、や、し、た!」
と、恨みを込めた慇懃無礼で型通りの礼謝を致いたかと思うと、ぷいと出でて、何処(いずこ)ともなく、立ち去った、と申す。……
 その老人も程のう、老々にて病死致いたによって、子どもとてもなきに、家産も幾分かは所持致いておったがゆえ、仲に入(はい)って世話する者のあって、かの勘当致いておった甥を立ち帰らせ、跡目相続を致させた由。

「……いや、まっこと――『守銭奴愚昧翁』とは――かかる輩のことを、申すので御座ろう……」
とは、さる御仁の語って御座った話。

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