内部に居る人が病氣に見える理由 萩原朔太郎 (「内部に居る人が畸形な病人に見える理由」初出形)
内部に居る人が病氣に見える理由
わたくしは窓かけのれいすの影に居ります。
それがわたくしの顏をうすぼんやりと見せる理由です。
わたくしは手に遠めがねをもつて居ります、
それでわたくしはずつと遠いところを見て居ります。
につける製の犬だの羊だの、
あたまのはげた子供の居る林をみて居ります、
それらがわたくしの眼をいくらかかすんでみせる理由です。
わたくしはけさ貝類を喰べすぎました、
そのうへこの窓硝子は非常に粗製です、
それがわたくしの顏をこんなに歪んで見せる理由です。
じつさいのところをいへば、
わたくしはまつたく健康すぎるぐらひです。
それだのに、なにを君たちは笑つてゐる!
ああわたくしの腰から下ならば、
それをそんなに怪異(ふしぎ)がるならば、
おそらく馬鹿氣きつた説明をやりますが、
もちろん、この高い窓の内側にある理由(わけ)です。
――四月作――
[やぶちゃん注:『ARS』第一巻第三号 大正四(一九一五)年六月号所収。二年後に出版される詩集「月に吠える」に所収された「内部に居る人が畸形な病人に見える理由」の初出形。太字「れいす」は底本では傍点「ヽ」。「わたくしはまつたく健康すぎるぐらひです。」の「ぐらひ」はママ。最終行のルビから推して、題名を含め、総ての「理由」は「わけ」と訓ずるべきであろう。]