耳嚢 巻之六 びいどろ茶碗の割を繼奇法の事
びいどろ茶碗の割を繼奇法の事
紫蘭の根をすりて、糊となし繼(つぐ)に、はなれざる事奇妙の由、人の語りぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:これで呪(まじな)いシリーズの五連発。これだけ纏まった記載は特異で、表現の統一も図られており、一気に記したものと思われる。
・「びいどろ茶碗」「AGC旭硝子」公式HPの「ガラスの起源と歴史」によれば、本邦では紀元二〇〇年代の『弥生時代の遺跡から、まが玉、くだ玉といった装飾品が多数発見されていて、これらが日本で最古のガラスといわれている。古代から中世にかけては、仏教の隆盛にともなって、仏像や仏具、七宝にガラスが使われ、徐々に普及していった』。天文一八年(一五四九)年、『ポルトガルの宣教師フランシスコ・ザビエルが日本にやってきたが、このとき持ってきたガラスの鏡や遠めがねが、日本で最初の西欧ガラスとされている。鎖国時代はポルトガルやオランダ、イギリスからさまざまなガラス器が渡来し、「ビードロ」「ギヤマン」と呼ばれて人々に大いに珍重され』、一五七〇年代(元亀元・永禄十三年から天正七年頃)『にはガラス製造法も伝えられ、徳利や風鈴、彩色ガラスの灯ろうなどガラス細工づくりも盛んになったらしい。独特のカットをもつガラス器「切子(きりこ)」も生まれ、なかでも薩摩切子の皿、丼、コップ、茶碗、江戸切子の鉢やくしが人気を集めた』とある。
・「紫蘭の根」単子葉植物綱ラン目ラン科シラン
Bletilla striata は日本・台湾・中国原産の地生蘭で、日向の草原などに自生する。地下にある偽球茎は丸くて平らで、前年以前の古い偽球茎が幾つも繋がっている。花期は四月から五月、花は紫紅色。ラン科植物には珍しく、日向の畑土でも栽培可能で乾燥にも過湿にもよく耐え、観賞用として庭に植えられることが多い。ラン科植物の種子は一般的に特別な条件が無いと発芽しないものが多いが、本種の種子はラン科としては異例に発芽し易く、普通に鉢に播くだけで苗を得られる場合がある。無菌播種であれば水に糖類を添加しただけの単純な培養液上でもほぼ一〇〇%近い発芽率を示し、苗の育成も容易。偽球茎は白及(びゃくきゅう)と呼ばれ、漢方薬として止血や痛み止め、ひび・あかぎれ、慢性胃炎に用いられる(おや?……この呪(まじな)いって……もしかして、類感呪術?)。しばしば英語圏では「死人の指」と呼ばれると言及される記載が見受けられるが、それは英語の“long purple” のことで、実際には全くの別種である双子葉植物綱バラ亜綱フトモモ目ミソハギ科ミソハギ属エゾミソハギ
Lythrum salicaria を指している。この誤りはシェイクスピアの「ハムレット」に登場する台詞を、明治期に翻訳した際の誤訳に基づくものと考えられている(以上はウィキの「シラン」及び「ミソハギ」を参照した)。
■やぶちゃん現代語訳
びいどろ茶碗の割れを継ぐ奇法の事
紫蘭(しらん)の根を擂(す)って、糊として継ぐと、ぴったりくっ付くこと、これ、絶妙の由、さる御仁の語って御座った。
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