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2013/03/12

石竹の思ひ出 北原白秋

   石竹の思ひ出 北原白秋

 

なにゆゑに人々の笑ひしか。

われは知らず、

え知る筈なし、

そは稚(いとけな)き三歳のむかしなれば。

暑き日なりき。

物音もなき夏の日のあかるき眞晝なりき、

息ぐるしく、珍らしく、何事か意味ありげなる。

 

誰(た)が家か、われは知らず。

われはただ老爺(ヂイヤン)の張れる黃色かりし提燈(ちやうちん)を知る。

眼のわろき老婆(バン)の土間(どま)にて割(さ)きつつある

靑き液(しる)出す小さなる貝類のにほひを知る。

 

わが惱ましき晝寢の夢よりさめたるとき、

ふくらなる或る女の兩手(もろて)は

彈機(ばね)のごとも慌てたる熱(あつ)き力もて

かき抱き、光れる緣側へと連れゆきぬ。

花ありき、赤き小さき花、石竹の花。

 

無邪氣なる放尿‥‥

幼兒(をさなご)は靜こころなく凝視(みつ)めつつあり。

赤き赤き石竹の花は痛(いた)きまでその瞳にうつり、

何ものか、背後(うしろ)にて擽(こそば)ゆし。繪艸紙の古ぼけし手觸(てざはり)にや。

 

なにごとの可笑(をかし)さぞ、

數多(あまた)の若き漁夫(ロツキユ)と着物(きもの)つけぬ女との集まりて。

珍らしく、恐ろしきもの、

そを見むと無益にも靈(たまし)動かす。

 

柔かき乳房もて頭(かうべ)を壓され、

幼兒(をさなご)は怪しげなる何物をか感じたり。

何時(いつ)までも何時までも、五月蠅(うるさ)く、なつかしく、やるせなく、

身をすりつけて女は呼吸(いき)す。

その汗の臭(にほひ)の強さ、くるしさ、せつなさ、

恐ろしき何やらむ、背後(うしろ)にぞ居れ。

なにゆゑに人々の笑ひつる。

われは知らず、

え知る筈なし、

そは稚(いとけな)き三歳の日のむかしなれば。

 

暑き日なりき、

物音もなき鹹河(しほがは)の傍(そば)のあかるき眞晝なりき。

蒸すが如き幼年の恐怖(おそれ)より

尿(いばり)しつつ‥‥われのただ凝視(みつ)めてありし

赤き花、小さき花、目に痛(いた)き石竹の花。
 
 
 

(昭和25(1950)年新潮文庫「北原白秋詩集」 「思ひ出」より)

[やぶちゃん注:「漁夫(ロツキユ)」第三連から推測出来ると思うが、このフランス語みたような「ロツキユ」とは、北原白秋の故郷福岡県柳川の方言である。明治四四(一九一一)年東雲堂書店刊の「思ひ出」の序「生ひたちの記」の第3章の冒頭に(引用は新潮社「日本詩人全集7 北原白秋」を用いたが、恣意的に正字化した)、

 柳河を南に約半里ほど隔(へだ)てゝ六騎(ロツキユ)の街沖ノ端がある。(六騎とはこの街に住む漁夫の諢名(あだな)であつて、昔平家沒落の砌(みぎり)に打ち洩(も)らされの六騎がここへ落ちて來て初めて漁(すなど)りに從事したといふ、さうしてその子孫が世々その業を繼襲し、繁殖して今日の部落を爲(な)すに至つたのである。)

と説明している。]

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