海鳥の結婚 大手拓次
海鳥の結婚
大きな緋色の扇をかざして
空想の海は大聲にわらふ。
濃い綠色(みどりいろ)の海鳥の不具者(ふぐしや)、
命(いのち)の前にかぎりない祈禱をささげ、
眞夏の落葉(おちば)のやうに不運をなげく。
命はしとやかに馬の蹄をふんで西へ西へとすすみ、
再現のあまい美妙はいんいんと鳴る。
眠りは起き、狂氣はめざめ、
嵐はさうさうと神の額をふく。
永劫は臥床(ふしど)から出て信仰の笑顏に親しむ。
空想の海は平和の祭禮のなかに
可憐な不具者と異樣のものの媒介(なかだち)をする。
寂寥の犬、病氣の牛、
色大理石の女の彫像に淫蕩な母韻の泣き聲がただよふ。
唇に秋を思はせる姦淫者のおとなしい群よ、
惡の花の咲きにほふひと閒(ま)をみたまへ、
勝利をほころばす靑い冠、
女の謎をふせぐ黄金の圓楯よ、
戀の姿をうつす象牙の鏡、
寶玉と薰香と善美をつくした死の王衣よ。
海鳥の不具者は驚異と安息とに飽食し、
涙もろい異樣のものを抱へてひざまづく。
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