文學の技巧 萩原朔太郎
文學の技巧
愛に於ける技巧とは、異性の趣味、氣質、性慾、氣まぐれ等をよく理解し、これに滿足を與へて悦ばすところの、聰明な知性を言ふのである。詩や文學に於ける技巧も、本質に於てこれと同じく、讀者を悦ばすところの「智慧」にすぎない。技巧のない愛はエゴイズムであり、無知の横暴なる壓制である。同時にまた、技巧のない文學も「惡」であり、讀者を惱ますところのエゴイズムである。
[やぶちゃん注:昭和一五(一九四〇)年創元社刊のアフォリズム集「港にて」の冒頭パート「詩と文學 1 詩――詩人」の十六番目、先に示した「詩壇の不在證明表」の直後に配されたものである。……では朔太郎よ……「智慧」は忌わしきエゴイズムで――ない――か?]