木立の相 大手拓次
木立の相
物語のおくに
ちひさな春の悔恨をうめたてて、
あをいあをい小蜂(こばち)の羽なりの狼煙(らうえん)をみまもり、
ふりしきる木立(こだち)の怪相ををがむ。
ふるひをののく心の肌にすひついて
その銀の牙(きば)をならし、
天地しんごんとしてとけるとき、
幻化の頌(じゆ)を誦す。
木立は紫金(しこん)の蛇をうみ、
おしせまる海浪まんまんとして胎盤のうへに芽(め)ぐむとき、
惡の寶冠はゆめをけちらして神を抱く。
ことばなく、こゑなく、陸(おか)に、海に、
ながれる存在の腹部は紅爛(こうらん)のよろこびをそだてて屈伸する。
[やぶちゃん注:現代思潮社刊現代詩人文庫「大手拓次詩集」では、「幻化の頌(じゆ)を誦す。」の「誦す」には「誦(しよう)す」とルビを振る。]