美の遊行者 大手拓次
美の遊行者
そのむかし、わたしの心にさわいだ野獸の嵐が、
初夏の日にひややかによみがへつてきた。
すべての空想のあたらしい核(たね)をもとめようとして
南洋のながい髮をたれた女鳥(をんなどり)のやうに、
いたましいほどに狂ひみだれたそのときの一途(いちづ)の心が
いまもまた、このおだやかな遊惰の日に法服をきた昔の知り人のやうにやつてきた。
なんといふあてもない寂しさだらう。
白磁の皿にもられたこのみのやうに人を魅する冷たい哀愁がながれでる。
わたしはまことに美の遊行者であつた。
苗床のなかにめぐむ憂ひの芽(め)望みの芽(め)、
わたしのゆくみちには常にかなしい雨がふる。
[やぶちゃん注:「女鳥」不詳。叙述からみると、所謂、雄の成鳥が美しい飾り羽を持つ極楽鳥、スズメ目スズメ亜目カラス上科フウチョウ科 Paradisaeidae に属するフウチョウ(風鳥)の仲間を指しているように読める(人口に膾炙しているゴクラクチョウという名は正式和名ではない)。識者の御教授を乞う。]