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2013/03/16

耳嚢 巻之六 執心の説間違と思ふ事

 執心の説間違と思ふ事

 

 駒込邊の醫師にて、予が許へ來る與住(よずみ)など懇意なりしが、信州邊の者にもありけるか、輕井澤とかの食賣女(めしうりをんな)を妻に成してくらしけるが、容儀うるはしきにもあらず、いかなる譯にて妻とせしかと疑ひける由。しかるに、同じ在所の者、娘を壹人召連(めしつれ)、身上(しんしやう)も相應にもありけん、彼(かの)醫者の許に來りて、去る大名の奧へ右の娘を部屋子(へやご)に遣し、追(おつ)ては奉公も爲致(いたさせ)候積りなれども、江戸表ゆかりの者多けれど、町家よりは、醫者の宿なれば格好も宜(よろしき)とて、ひたすら賴ける故、醫者もうけがひて宿になりしに、彼娘煩ひ付(つき)て醫者の許へ下(さが)り居(をり)しに、療治に心を盡すのみならず、快(くわい)に隨ひて彼娘と密通なしけるを、妻なる女深く妬(ねた)み恨(うらみ)けれど、元來食賣女なしける身故ゆかりの者もなく、見捨(みすて)らればいかにせんと思ひけるか、或日家出して失(うせ)ぬ。驚きて所々尋ければ、兩國川へ身を投(なげ)んとせし處を取押(とりおさ)へ連れ歸りて、いかなる心得違(ちがひ)なりやと或は叱り諫(いさめ)けるが、五六日過て二階へ上り、夫の脇差にて咽(のど)を貫ぬき果(はて)ぬ。せん方なく野邊送りしけるが、何となく其所にも住憂(すみうく)て、跡を賣居(うりすゑ)にして他所へ移りしに、右跡の家を座頭買得て來りしが、金子二三十兩も出して普請造作して引移りぬ。ある夜、女房眼を覺し見しに、屏風の上へ色靑ざめし女兩手をかけて内を覗く故、驚ろき夫を起しけるに、夫は盲人の事故、曾て不取用(とりもちひず)、新(あたらし)きの處へうつりし故、心の迷ひよりかゝる事申(まうす)なりと叱り、とりあへぬに、兩三日續きて同樣なれば、彼妻堪(たへ)がたく、夫へかたり、いかになさんと歎きし故、同店(おなじたな)のものへかたりしに、此家はかゝる事もあらん、かくかくの事にて先の店主(たなのあるじ)の醫師の妻、自殺せしと語りける故、座頭の坊も怖敷(おそろしく)やなりけん、早く其處を引拂ひて轉宅せしとや。靈魂の心殘りあるとも、彼醫者の轉宅せし先へは行べき事なるに、譯もしらぬ座頭の許へ出で其人をくるしむる事、靈鬼にも心得違なるもあるなりと、語りぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:珍しい本格怪奇譚の二連発である。但し――冒頭の如何にも取柄のないように見える女を妻としているのかという謎が明かされぬままに、少女との密通が生じ、妻が神経症的になって、入水未遂を起こし、遂には喉を突いて自死、不吉な家を転売して、医師は去り(密通した少女はどうしかのか書かれていない)、後半のお門違いの妻の亡魂出現譚となる(それも転居のシーンで断ち切られる)辺り――展開が下手で消化不良気味の上に、話柄が前後で折れてしまっている感じがある。作話可能性がいや高い話柄なればこそ、もっとなんとかならなかったのかなあ、という気がする。現代語訳では、このジョイントの綻びを継ぎ接ぎするため、[根岸注]という架空の訳を追加してある。悪しからず。

・「與住」本巻の「威德繼嗣を設る事」に既出。与住元卓。「卷之一 人の精力しるしある事」に初出する人物。根岸家の親類筋で出入りの町医師。根岸一番のニュース・ソースの一人である。

・「輕井澤」軽井沢宿。軽井沢は長野県佐久地方にある地域名で、現在の長野県北佐久郡軽井沢町旧軽井沢地区や軽井沢町全体を指す。この一帯は江戸時代には中山道が通る宿場町で、中山道難所の一つとして知られた碓氷峠西側の宿場町として栄えていた(碓氷峠は江戸寄りの隣の宿場町坂本宿との間にあった)。軽井沢付近には軽井沢宿(旧軽井沢)の他に沓掛宿(中軽井沢)・追分宿(信濃追分)が置かれており、この三宿をまとめて「浅間三宿」と呼称した。浅間山を望む景勝地として有名であった(以上はウィキの「軽井沢」に拠った)。

・「食賣女」底本では右に『(飯盛)』と傍注する。

・「部屋子」大名屋敷の御殿女中の下で私的に召し使われた少女。部屋方(へやがた)。身分の高い武家への奉公の場合、身元保証が第一であるため、多くの場合は形の上で旗本の養女となったり、相応に公的に認められた人物を保証人として奉公に上がった。

・「宿」(この場合は奉公人の)身元保証人。

・「賣居」家屋を内部の造作をそのままに売ること。商店売買の際の「居抜き」に同じ。

・「驚ろき夫を起しけるに、夫は盲人の事故、曾て不取用、新きの處へうつりし故、心の迷ひよりかゝる事申なりと叱り、とりあへぬに、」この部分、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では、

 驚ろきて夫を起しけるに、「心の迷にてかゝる事申也」と叱り取敢(とりあへ)ぬに、

とある。私は「夫は盲人の事故、曾て不取用」の部分、如何にもな謂いであって、差別的な嫌味な笑い部分である。そこで、ここを除去した、

 驚ろき夫を起しけるに、新きの處へうつりし故、心の迷ひよりかゝる事申なりと叱り、とりあへぬに、

で訳した。但し、差別的な擽りは擽りとして後の場面に少し出して原話の「差別性」を示しておいた。そこは、当時の視覚障碍者に対する差別感情に対して批判的にお読み頂きたい。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 執心の思い見当違いとしか思われぬ事

 

 駒込辺に住んで御座った医者で、私の元に出入り致す医師与住元卓などが懇意に致いておった者なるが――出が信州辺りの者ででもあったが――何故か、軽井沢宿とかの飯盛女(めしもりおんな)をしておった女(おなご)を妻として暮らして御座った。

 ところが、与住曰く、

「……それが……その妻なる者……これ、容貌も姿態も……全く以って、麗しきところ、これ、一つも御座らぬ。……こんな女(おなご)……一体、如何なる訳にてか、妻と致いたものやら……と、疑いの湧くほどで御座った。……」

と語り出した……その話。……

[根岸補注:読者諸士に予め断っておかねばならぬが、現在はこの医師は、行方知れずと相い成って御座って、従って与住は、その疑問の真相を明かす手立てを失ったと申しておる。]

   ■

 ……然るに、ある時、その医師の信州辺りの里の者――これ、身上(しんしょう)も相応に豊かなる者が、娘を一人連れて、彼の元へと相談に参り、

「……さる大名の奥向きへ、この娘を部屋子(へやご)に遣わすことと相い成り、ゆくゆくは正規の御女中となって屋敷奉公など致さするつもりで御座れど、江戸表には親類縁者の者も多くは御座れど、これ、町家の者よりは、まずは、お医者様の家(うち)より奉公さすれば、これ、世間体も宜しゅう御座ればこそ。どうか……」

と頻りに頼まれたによって、かの医師も肯(がえ)んじて、娘の身元引受の保証人となったと申す。

 ところが、その娘、奉公に上がるやいなや、患い臥してしもうたによって、保証人たる医師の元へと宿下がり致いて、療養なすことと相い成って御座ったと申す。

 さても……かの医師は……勿論、この娘を心を尽くして療治致いた……いや……療治ばかりにては、これ、御座らなんだ……病いの快気致すに従い……この娘と……これ……密通を成して御座ったと申す。……

 医師の妻は無論、深く妬(ねた)み、恨んで御座ったれど――元来が田舎の街道筋の宿場の、一介の賤しき飯盛女で御座ったによって、また、その過去を近所にても陰口囁かれて御座ったによって――思い切って、このことを相談出来るような知り合いも、これ、おらなんだのであろう、

『……あの人に……捨てられてしもうたら……どうしよう……』

と思い悩むばかりにて日を暮して御座った。

 そうして、ある日のこと――思い余って――突如、家出を致いて姿を消した。

 医師は驚いて、方々を捜し回る。

[根岸補注:与住が言うに、この時、医師は自分の娘との密通が妻には知らておらぬと思っておったらしい。]

 やっとのことに、両国川に身を投げんとするところを辛くも見出し、取り押さえて連れ帰り、

「……い、如何なる思い違いを致いて、こ、このようなことを!……」

と、妻の……

――ボソッ――ボソッ――

――と微かに呟く……

――その思いつめた……

――密通への恨みつらみは……

これ、聴こえざる振りを致しつつ、或いは強く叱りつけ諌めて、その場は、まずは気を鎭めさせて御座ったと申す。……

 ところが、それから五、六日後のこと、

――妻なる者……

――医師宅の二階へと走りのぼったかと思うと……

――そこに置かれてあった夫の脇差を抜き放ち……

――一突きに!

――喉(のんど)を貫いて果てて御座ったと申す。……

 医師は仕方のう、妻の野辺送りを致いたが、流石に、妻が恨みを以って自死致いた、その家(いえ)に住んでおるのも気鬱となり、家財道具一切を据え置いたままに転売、他所(よそ)へ引き移ったと申す。

[根岸補注:与住が言うに、ここら辺りまでは、その野辺送りの後の精進落としの席にて、その医師本人が告白致いたものとのことで御座る。また、医師の転居(それ以降、この医師と与住とは音信もなく、行方知れずと相い成った申す)以下の話は、後日、与住の知れる者で、かの医師の旧宅近くに住もうておる者からの聞き書きと申す。]

   * * *

 ……さて暫く致いて、その家を、さる小金持ちの、目明きの女を妻帯して御座った座頭が買い取って、引っ越して参ったと申す。

 金子(きんす)二三十両ほども費やして、外内の普請造作(ふしんぞうさく)なんども小綺麗に作り変え、ようようと引き移って御座ったと申す。

 ところが、引っ越してすぐの、ある夜のこと、座頭の女房が、ふと、目をさますと……

……枕元に立てた屏風の……

……向こうから……

……色青ざめた女が独り……

――ダラリ――

……と、両手をこちらに越しかけて……

……寝所の内を覗いて……おる!……

 座頭の妻は驚き、大声で夫を起こした。

 ところが夫たる座頭は、

「……まんず、新しき所に引き移ったによって……これ、枯れ薄の類いじゃ!……心の迷いにて、そのような戯けたことを申すのじゃ!……」

と叱りつけて取り合わなんだと申す。

 ところが――それから三晩も続いて――同様の怪異があったによって、妻は恐れ戦き、いっかな、堪え難く、夫に縋りつくと、

「……ほんに! 青白き女がッ!……」

と泣き叫んだによって、夫座頭、流石に困って、隣人の者へこの話を致いたこところが、

「……お前さん……ここを買うについて……聴いて居なさらぬか?……そうか……ここの先の持ち主は、お医者で御座ったが……その医師の妻……これ……この二階にて……喉(のんど)を一突き……自殺して……御座ったんじゃ……」

とばらしてしもうたゆえ、流石に――己には青白き恨み女の幽魂は、これ、見えざるものの――座頭も怖しくなったので御座ろう、早々にそこを引き払って、また転宅致いたとか申す。

   ■

「……幽鬼の心残りがあったとしても、これ、かの医師の転居致いた、その先へこそ化けて出るべきことで御座ろう。……何の関係もない座頭夫婦の所へ出て、彼らを恐懼(きょうく)さするというは、これ、霊魂にも、とんだ心得違いのあるもので御座るかのぅ。……」

とは、与住の最後の感想で御座った。

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