沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 10
況かゝるまれなる果報に生れあひて、三棟四棟の殿づくり、軒に軒をならべ、さき草のさきざき川いやましにさかえむ世は、濱の眞砂を數々かぞへてもなをたらぬ祈は、いつの代も下より上をおしなべてうとからぬ心ながらも、いにしへのあとをみれば淺茅が露にやどる月はよなよなかはらず。何事もむかしは蓬がそまに引かへたるをおもふにも、殘るは名也。宮寺などいとなみしはかたばかりも世にとゞまりて、今の世まで是はたれ樣のはじめて草をむすびをき給ふ、是はたれ人のたへたるをかさねて取おこし給ひて今までかくなむと、所の者の口に殘りて傳へ申を、その代の人のかたみとぞみる。是をおもへばみづからの栖居はいかにもして、かたみを神社佛閣に殘さまほしき事也。此世にはあだながらも殘る名はくちずしてつたへ、後の世は佛果の緣とならん。しかるを時の人はかゝることばをかりそめにも聞てはかた腹いたき事にいひなせども、かしこき世々のきみいかばかり智惠ある人も信じきたりたる道なれば、くだりたる世のあさき智惠にては此法をそしりやぶりがたし。やぶるはやすく立るはかたし。やすきは道にとをし、道はいたりがたき物也。百日はかりていとなみし家もやぶるは一日の中にあり。何事もかゝる理とおもふべき事なり。此寺にきてみしますが笠の軒もおち、時雨も露もふりそふあり樣ながら、晨鐘夕梵の聲のみかつがつもたえぬばかりぞ、此法の今少殘りたるしるしとぞきゝし。
山言金澤寺稱名 響谷晨鐘夕梵聲
時去池蓮餘敗葉 院荒籬菊尚殘英
挾楓松竹留秋見 聽雨芭蕉入夜鳴
屋上峯兮廊下海 登臨終日隔人情
[やぶちゃん注:書き下す。
山(さん) 金澤と言ふ 寺 稱名
谷に響く晨鐘 夕梵(ゆふぼん)の聲
時 去りて 池蓮 敗葉(はいえふ)を餘(のこ)し
院 荒れて 籬菊(りきく) 尚ほ英(はな)を殘す
楓(かへで)を挾む松竹 秋を留めて見
雨を聽くの芭蕉 夜に入りて鳴(な)る
屋上の峯 廊下の海
登臨 終日 人情を隔つ
個人的にこの詩、頗る附きで好きである。]
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