やけた鍵 やけた鍵 大手拓次
やけた鍵
だまつてゐてくれ、
おまへにこんなことをお願ひするのは面目ないんだ。
この燒けてさびた鍵をそつともつてゆき、
うぐひす色のしなやかな紙鑪(かみやすり)にかけて、
それからおまへの使ひなれた靑砥(あをと)のうへにきずのつかないやうにおいてくれ。
べつに多分のねがひはない。
ね、さうやつてやけあとがきれいになほつたら、
またわたしの手へかへしてくれ、
それのもどるのを專念に待つてゐるのだから。
季節のすすむのがはやいので、
ついそのままにわすれてゐた。
としつきに焦(こ)げたこのちひさな鍵(かぎ)も
またつかひみちがわかるだらう。
[やぶちゃん注:「紙鑪」の「鑪」は、囲炉裏・火鉢・香炉・大甕・酒甕といった意味でヤスリの意はない。ヤスリは「鑢」と書き、「鑪」に非常に似ているので、作者自身の誤字か、植字ミスの可能性が疑われる。]