沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 9
金沢称名寺の衰亡の慨嘆が続く。
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堂前の池にははちすのふる葉みだれ、冬のひやゝかに伽藍の跡どもは野菜のうねと成、一の室といへるは萱が軒端かたぶきて、めぐりの房々もひえわたりて、人のおとなひもせず。おもへばかへつて寂寞無人聲の扉をとぢ、坐禪觀法の床をしめたるに似たり。かく佛法零落の時節、いかなる人の世に出給ひ、たえたるをつぎ、すたれたるをおこし給んか。慈尊三會の曉を賴むばかり也。世に生れて人の時めきさかえ、何事をなすも心にまかせ、ならずといふ事なく、いきほひになびきぬる事、いく世の因緣をつみてか、果報のかゝる事には至るべきぞや。たゞ人と生るゝのみさへかたき事なり。たとへあまつそらより針をおろして、わたつうみのそこなる一粟をさしてとらんとし、うき木をもとむる龜のごとし。
[やぶちゃん注:「慈尊三會」「じそんさんゑ」と読む。龍華三会(りゅうげさんえ:連声(れんじょう)で「りゅうげさんね」とも読む。)釈迦の入滅後五十六億七千万年の後に弥勒菩薩がこの世に出でて、龍華樹の下で悟りを開き、人々を救済するために行う三回に亙る法座(説法)のこと。弥勒三会。]
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