鬼城句集 春之部 天文
天文
霞 榛名山大霞して眞晝かな
石ころも霞みてをかし垣の下
郵便夫同じところで日々霞む
野に出でゝ霞む善男善女かな
夕霞鳥烏のかへる國遠し
落る日に山家さみしくかすみけり
春雨 春雨や拜殿でする宮普請
春の雨かはるがはるに寐たりけり
[やぶちゃん注:底本では「かはるがはる」
の後半は踊り字「〲」。]
新しき蒲團に聽くや春の雨
春雨や音させてゐる舟大工
春雨やたしかに見たる石の精
桵の木の刺もぬれけり春の雨
[やぶちゃん注:「桵」は「たら」。双子葉植
物綱セリ目ウコギ科タラノキ
Aralia elata
のこと。]
春の雨藁家ふきかへて住みにけり
慈恩寺の鐘とこそ聽け春の雨
[やぶちゃん注:この「慈恩寺」は白居易の
「三月三十日題慈恩寺」などを想起したも
のと思われる。]
陽炎 陽炎や鵜を休めたる籠の土
春雷 春雷にお能始まる御殿かな
春の雪 春の雪麥畑の主よく起きぬ
春雪にしばらくありぬ松の影
[やぶちゃん注:底本では「し」は「志」を
崩した草書体表記である。]
東風 門を出づれば東風吹き送る山遠し
春の月 春月に木登りするや童達
誰れ待ちて容す春の月
[やぶちゃん注:「容す」は「すがたかたち
す」と訓じているか。]
米搗に大なり春の月のぼる
殘雪 谷底に雪一塊の白さかな
熊笹の中に雪ある山路かな
風光る 送別
新しき笠のあるじに風光れ