肉色の薔薇 大手拓次
肉色の薔薇
うまれでた季節は僞らずに幸福をおくる。
おお はづかしげに裸(はだか)になつた接吻よ、
五月はわたし達に果てもない夢である。
此汎愛の思想のよわよわしい芽生えは
旅の空をうろついてあるく女藝人のやうに人知れず涙をながしてゐる。
今、偏狹者の胸に咲いた肉色の薔薇よ、
今、惡執者の腕に散る肉色の薔薇よ、
遍在の神は吾等の上に楽しい訪れをささやく。
歡びにみちた季節は悲哀の種をまく。
うれはしげに鎧を着た接吻よ、
戦闘は白く白く波をうつてゐる。
[やぶちゃん注:創元社刊創元文庫「大手拓次詩集」及び現代思潮社刊現代詩人文庫「大手拓次詩集」では、二行目を、
おお はづかしげに裸(はだか)になつた接吻よ。
と読点ではなく、句点とする。また、後者現代詩人文庫版では、更に最後の三行を独立連(第二連)としている。正字で以下に現代詩人文庫版の詩形全文を示しておく。
肉色の薔薇
うまれでた季節は僞らずに幸福をおくる。
おお はづかしげに裸(はだか)になつた接吻よ。
五月はわたし達に果てもない夢である。
此汎愛の思想のよわよわしい芽生えは
旅の空をうろついてあるく女藝人のやうに人知れず涙をながしてゐる。
今、偏狹者の胸に咲いた肉色の薔薇よ、
今、惡執者の腕に散る肉色の薔薇よ、
遍在の神は吾等の上に楽しい訪れをささやく。
歡びにみちた季節は悲哀の種をまく。
うれはしげに鎧を着た接吻よ、
戦闘は白く白く波をうつてゐる。]