柳に就いて / 柳 萩原朔太郎
柳に就て
放火、殺人、竊盜、夜行、姦淫、及びあらゆる兇行をして柳の樹下に行はしめよ。夜に於て。光る柳の樹下に行はしめよ。
かかり塲合に於ける、すべての兇行は必ず靈性に生ず。
そもそも柳が電氣の良導體なることを、世界に於て最初に發見せるもの我々の先祖にあり。
しかも極めて不徹底に無自覺に、あまつさへ、傳説的に表現せられしところの新人の增補がある。
手に兇器を所持して人畜の内臟を電裂せんとするの兇賊がある。
彼はその愛人の額んに光る鑛石を射擊せんとして震慄し、かつ疾患するところの手を所有する。
かざされたるところの兇器は、その生あたたかき心臟の上におかれ、生ぐさき夜の靈智の呼吸に於て、點火發光するところのぴすとるである。而して見よ、この黑衣の曲者も、白夜柳の木の下に停立凝視する由所である。
[やぶちゃん注:『詩歌』第五巻第二号(大正四(一九一五)年二月号)所載。下線部「ぴすとる」は底本では傍点「ヽ」。後の大正一二(一九二三)年七月新潮社刊の詩集「蝶を夢む」に所収された、次に示す「柳」の初出形である。]
柳
放火、殺人、竊盜、夜行、姦淫、およびあらゆる兇行をして柳の樹下に行はしめよ。夜において光る柳の樹下に。
そもそも柳が電氣の良導體なることを、最初に發見せるもの先祖の中にあり。
手に兇器をもつて人畜の内臟を電裂せんとする兇賊がある。
かざされたるところの兇器は、その生(なま)あたたかき心臟の上におかれ、生ぐさき夜の呼吸において點火發光するところのぴすとるである。
しかしてみよ、この黑衣の曲者(くせもの)も、白夜柳の木の下に凝立する所以である。
[やぶちゃん注:大正一二(一九二三)年七月新潮社刊の詩集「蝶を夢む」より。初出の萩原朔太郎弾劾裁判所法廷に提出されたる自白調書に比して、遙かに有罪――死刑――に処し難い――悪しき杜撰な被告詩人の生活史の朦朧さを見よ!]