鬼城句集 春 時候
春之部
時候
春の日 春の日や高くとまれる尾長鷄
あかあかと大風に沈む春日かな
春の夜 春の夜や灯を圍み居る盲者達
春の夜や泣きながら寐る子供達
春の夜や上堂したる大和尚
餘寒 春寒や隨身門に肥車
竹うごいて影ふり落す餘寒かな
春寒や掘出されたる蟇
大寺に沙彌の爐を守る餘寒かな
鏈して小舟つなげる餘寒かな
[やぶちゃん字注:「鏈」は「鎖」と同義で、
「くさり」と訓じていよう。]
仙人掌の角の折れたる餘寒かな
山寺に菎蒻賣りや春寒し
日永 遲き日や家業たのしむ小百姓
遲き日の暮れて淋しや水明り
遲き日の暮るゝに居りて灯も置かず
遲き日やから臼踏みの臼の音
暖 遠山に暖き里見えにけり
石暖く犬ころ草の枯れてあり
暖く西日に住めり小舍の者
暖や馬つながれて立眠り
長閑 長閑さや大きな緋鯉浮いて出る
長閑さや鷄の蹴かへす藁の音
長閑さやてふてふ二つ川を越す
麥畑にわら灰打ちて長閑かな
曳馬の歩き眠りや長閑なる
ひとり歩く木曾の荷牛の長閑かな
春の宵 小百姓の飯のおそさよ春の宵
美しき娘(こ)の手習や宵の春
女夫して實家(さと)に遊ぶや春の宵
朧 朧夜や天地碎くる通りもの
大門に閂落す朧かな
行春 行春や机の上の金蘭薄
[やぶちゃん注:「金蘭薄」は「きんらんぱく」
と読み、単子葉植物綱ラン目ラン科シュンラン
Cymbidium goeringii の品種の一。]
何燃して天を焦すぞ暮の春
淺間山春の名殘の雲かゝる
行春や畑ヶにほこる葱坊主
行春や淋しき顏の酒ぶくれ
春行くと娘に髮を結はせけり
亡き人の短尺かけて暮の春
行春や夕燒したる餘所の國
行春や看板かけて賃仕事
草の戸に春の名殘の倡和かな
春惜む同じ心の二法師
二月 黑うなつて茨の實落つる二月かな
西行の御像かけて二月寺
冴返る 冴返る庵に小さき火鉢かな
冴返る川上に水なかりけり
夏近し 夏近き曾我中村の水田かな
[やぶちゃん注:「曾我中村」は小田原市国府津
の北の、現在の曽我別所梅林の東北にある六
本松跡周辺山彦山山麓を指す地名と思われる。
ここでの句としては、
ほととぎす鳴き鳴き飛ぶぞいそがわし 芭蕉
人の知る曾我中村や靑嵐 白雄
雨ほろほろ曽我中村の田植えかな 蕪村
といった先行作がある。]
夏近き近江の空や麻の雨