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巨福山興國建長寺
巨福山興國建長寺(こふくざんけんてうじ)は、鎌倉五山の一番目なり。本尊は濟田(さいだ)地藏尊なり。應行(おうぎやう)の作。古へは、この處(ところ)を地獄谷(ぢごくだに)とて、科人(とがにん)を刑罰(けいばつ)せしところなり。時賴の時、科人濟田といふもの、つねに地藏菩薩を信仰しけるが、きられんとせし時、守(まも)りにかけたる地藏の利生(りせう)ありて、たすかりたり。この地藏を本尊として、この寺、建立ありしなり。いたつて大寺(だいぢ)にて、境内、見所(どころ)おほし。
〽狂 くさなぎの
けんてうじとや
けいだいを
はらいきよめて
ちりひとつなし
「世間の譬(たとへ)にも、きれいにはきちぎつたことを、『建長寺の樣(やう)だ』といひますが、それにひきかへて、私(わたし)の家(うち)の嬶(かゝあ)めが爺(ぢ)ぢむさいには、こまります。なんでもいきなりで、ついにお齒黑(はぐろ)をつけたこともない口から、鼠色(ねづみいろ)の涎(よだれ)をたらして、どこもかしこも、不掃除(ふそうぢ)できたないから、ときどき、儂(わし)が掃除してやりますが、こんなにひさしく旅へ出てゐるから、掃除してやる人がなくて、さぞかし、よごれてゐるであらう。はやくかへつて、掃除をしてやらうと思へば、それが樂しみでござります。」
「イヤ、お前こそさふ思つてゐなさらうが、お前の留守に、上(かみ)さまが、だれぞ、よい箒(ほうき)をこしらへて、掃除をしてもらはふもしれぬぞへ。」
「さやう、さやう、それもしれませぬ。『物臭者(ものぐさもの)の節句働(せつくばたら)き』といふことがあるから、そんな事のないうちに、私は、この節句前には、ぜひ、かへらうとぞんじます。」
[やぶちゃん注:「巨福山興國建長寺」の正式名は建長興国禅寺である。
「濟田地藏尊」「杉个谷 小袋坂」で既注。
「はきちぎつた」この「ちぎる」は動詞ラ行四段活用の動詞を造る接尾語で、他の動詞の連用形に付き、その意を強め、はなはだしく~する、盛んに~する、という意を表す。徹底的に掃き切った。
「建長寺の樣だ」事実、掃除の行き届いている様子を故事成句で「建長寺の庭を竹箒で掃いたようだ」と言う。開山蘭渓道隆は本寺を本邦初の純粋禅の道場とするため、宋の厳格な禅風をそのままに持ち込んでこのかた、境内は塵一つなく掃き清められてきたことに基づく成句。
「物臭者の節句働き」怠け者の節句働き。ふだん怠けている者が、世間の人が休む日に限って働くことを揶揄した成句。]
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