罪の拜跪 大手拓次
罪の拜跪
ぬしよ、この「自我」のぬしよ、
空虛な肉體をのこしてどこへいつたのか。
ぬしの御座は紫の疑惑にけがされてゐる。
跳梁(てうりやう)をほしいままにした罪の涙もろい拜跪は
祈れども祈れども、
ああ わたしの生存の標(しるし)たるぬしはみえない。
ぬしよ、囚人の悲しい音樂をきけ。
據りどころのない亡命の鳥の歌をきけ。
ぬしよ、
罪の至純なる懺悔はいづこまでそなたの影を追うてゆくのか。
ぬしよ、信仰の火把(ひたば)に火はつけられんとする。
死は香爐の扉のやうににほうてくる。
[やぶちゃん注:底本、八行目は、
據りどころ亡命の鳥の歌をきけ。
であるが、意味が通らないため、昭和二六(一九四一)年創元社刊創元文庫「大手拓次詩集」、昭和五〇(一九七五)年現代思潮社刊現代詩人文庫「大手拓次詩集」に拠って訂した。]