生物學講話 丘淺次郎 第八章 団体生活 三 分業と進歩~(1)
三 分業と進歩
[左から一番目と八番目との個體は群體の防禦を引き受けるもの
二番目、五番目、六番目の個體は餌を食ふことを専門とするもの
三番目、四番目、七番目の個體は生殖を司どるもの]
社會が完結すると同時に生ずることは分業である。身體の連續した動物の群體を見るに、個體の形狀も働きも全部一樣のものもあるが、個體間に分業が行はれ、分擔の仕事が各々專門に定まつて、體の形狀もこれに應じて幾通りか區別の出來るやうになつた種類が頗る多い。淡水に産する苔蟲では一群體内の個體は形がたゞ一通りよりなく、珊瑚などで表面から見える個體は皆形が相同じであるが、珊瑚に似た動物で、「やどかり」の殼の外面に附著した群體を造るものには個體に三種類の別があつて、一種は食物を捕へて食ふことを司どり、一種はたゞ生殖のみを役目とし、他の一種は敵に對して群體を防禦することのみを己が務として居る。この動物の構造は「ヒドラ」を多數集めて、尻の處で互に連絡させ、これを芝の如くに一平面の上に擴げたと想像すれば、大概の見當は附くが、その「ヒドラ」の如き形の個體を調べて見ると、觸手も長く口も發達して、餌を食ふに適すると思はれる形のものが多數を占めて居る間に交つて、形が稍々細く觸手も短いものが幾つもある。そしてこれらのものには、必ず體の中央から恰も柿の木の枝に柿の實が生つて居る如くに、小さな丸い實の如きものが突出して居るが、これが即ち生殖の器官で、成熟すればその中から子が游ぎ出すのである。一群體の内個體は、悉く身體が互に連絡して滋養分はいづれにも行き渡るから、食物を捕へて食ふ役目の個體がよく勉強してくれさへすれば、生殖を司る方の個體は四方から十分に滋養分を得て、盛に子を産み續けることが出來る。
[やぶちゃん注:『珊瑚に似た動物で、「やどかり」の殼の外面に附著した群體を造るもの』これは刺胞動物門ヒドロ虫綱花水母目ウミヒドラ科ウミヒドラ属キタカイウミヒドラ
Hydractinia uchidaiを指していると考えられる。キタカイウミヒドラ
Hydractinia uchidai は北海道に分布し、ヤドカリ類の入った巻貝の殻上に群体を形成する。マット状のヒドロ根上には、最高七〇本糸状触手を持つ栄養ポリプ、六~十二本の糸状触手を持つ小型の生殖ポリプ、鞭状の指状ポリプ、及び刺が見られ、各生殖ポリプには一本当たり最高で五個の子嚢が形成される。なお、同科のイガグリガイウミヒドラ
Hydrissa sodalis (本種はウミヒドラ属に入れる場合もある)は、日本各地に分布するが、巻貝の殻の破片に憑りつき、それ自体が巻貝の介殻に酷似した骨格をそこから形成し、ヤドカリ類がこれを貝殻と同様に棲管として入り込んで棲むという点で特異である。形成する骨格には長さ一〇ミリメートルほどの樹枝状の突起が散在し、各突起はさらに小刺を具備する。更に骨格の殻口付近には指状ポリプが分化して密生し、これは最高二〇個の瘤状をした刺胞塊を持っている。栄養ポリプや生殖ポリプはキタカイウミヒドラに同じい(以上は「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」(保育社平成四(一九九二)年刊)」の記載を参照した)。]