吠える犬 萩原朔太郎 (「蝶を夢む」版)
吠える犬
月夜の晩に、犬が墓地をうろついてゐる。
この遠い、地球の中心に向つて吠えるところの犬だ。
犬は透視すべからざる地下に於て、深くかくされたるところの金庫を感知することにより。
金庫には翡翠および夜光石をもつて充たされたることを感應せることにより。
吠えるところの犬は、その心靈に於てあきらかに白熱され、その心臟からは螢光線の放射のごときものを透影する。
この靑白い犬は、前足をもつて堅い地面を掘らんとして焦心する。
遠い、遠い、地下の世界において微動するものを感應することにより。
吠えるところの犬は哀傷し、狂號し、その明らかに直視するものを掘らんとして、かなしい月夜の墓地に焦心する。
吠えるところの犬は人である。
なんぢ、忠實なる、敏感なる、しかれどもまつたく孤獨なる犬よ。
汝が吠えることにより、病兒をもつた隣人のために銃をもつて撃たれるまで。
吠えるところの犬は、靑白き月夜においての人である。
[やぶちゃん注:大正一二(一九二三)年七月新潮社刊の詩集「蝶を夢む」の掉尾に配された「散文詩 四篇」(『「月に吠える」前派の作品』という添書きを持つ)の巻頭詩。下線「人」は底本では傍点「ヽ」。初出のシンボルの暴露が鮮やかに隠蔽されて、遙かに優れた象徴詩となっている。]

