栂尾明恵上人伝記 9 十二歳 予知禁止夢
十二歳の時思ふやう、眞正の知識を求めて、正路(しやうろ)を開かずんば、徒(いたづら)に心の隙(ひま)のみ費(つひや)して、得道(とくだう)の益(やく)あるべからず、大なる損なるべし。況んや又生死(しやうし)速かなり、後を期(ご)すべきにあらず。急ぎ正知識(しやうちしき)を求めて、猶(なほ)山深き幽閑(いうかん)に閉ぢ籠りて修行せんと思ひて、既に高雄山を出でんと思ひぬ。仇つて藥師堂に詣で暇(いとま)を申し、又鎭守八幡大菩薩にも暇を申して、曉(あかつき)罷出(まかりい)でんと寐たる夜の夢に、既に高雄を出でて、三日坂(みつかざか)まで下りたれば、路(みち)に大蛇(だいじや)頭(かしら)を捧(さゝ)げて横(よこたは)り向ふ。又、八幡大菩薩の御使(おんつかひ)とて、大きなる蜂(はち)の四五寸計りなる、飛び來りていはく、汝此山を去るべからず。若し押して去らば、前(さき)に難に遇ふべし、未だ其の時節到來せざるが故に、道行(だうぎやう)又成(じやう)ずべからずといふと思ひて、夢覺めぬ。さては子細こそ有らめと思ひしかば、此度(このたび)は思ひ止りぬ。
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――この蛇と蜂は誰であろう。私は蛇が明恵の父重国であり、予言と禁止を語る蜂こそ、亡き母であったのだと思うのである。――
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