栂尾明恵上人伝記 13 エスパー明恵
或時行法の最中に侍者を召して、手水桶(てうづおけ)に蟲の落ち入りたると覺ゆ、取り上げて放てと仰あり。仍(より)て出でゝ見るに、蜂落ち入りて死なんとす。急ぎ取呈げて放ちけり。
又、坐禪の中に侍者(じしや)を召して云はく、後(うしろ)の竹原(たけはら)の中に、小鳥(ことり)物にけらるゝと覺ゆる 行きて取さへよと仰せられけり。急ぎ行きて見れば小鷹(こだか)に雀(すゞめ)のけらるゝを追ひ放ちけり。此の如きの事、連々(れんれん)なり。
或時夜深(よふ)けて、爐邊(ろべ)に眠るが如くして坐し給へるが、俄(にはか)に、あら無慙(むざん)や、遲(おそ)く見付(みつけ)けて、はや食ひつるぞや、火を燃(もや)して、急ぎ行きて、追ひ放てと驚き仰せられけるに、前なる僧、何事に候ぞと申せば、大湯屋(おほゆや)の軒にある雀の巣に、蛇(へび)の入りたるぞと仰せらる。深(しん)の闇(やみ)にてあるに、怪(け)しからずやと思へども、蠟燭(そうそく)急ぎ燃して行きて見れば、はや鎧毛(よろひげ)生(お)ひて、羽(はね)なんども生ひたる雀の子を、大蛇(だいじや)呑みかけて、巣に纏(まと)ひ付(つき)たり。急ぎ取り放ちにけり。かゝる闇の夜に、遙(はるか)に隔たりて、遠き所の物をだに見給ふ。まして我等が陰(かげ)にて惡しき振舞(ふるまひ)する、いかに不當(ふたう)に御覽ずらんとて、御弟子(おでし)同宿(どうしゆく)も、後陰(うしろかげ)までも恥ぢ恐れて、闇室(あんしつ)にても恣(ほしいまゝ)には振舞はざりけり。かゝる事どものあれば、權者(ごんしや)にて御渡り候ふなんど、御後(おんうしろ)にて人の普(あまね)く申し候と侍者の僧など語り申しければ、ことことしくはらはらと暫(しば)し泣き給うて、あら拙(つた)なの者共の云ふことや、さればとよ高辨が如くに定(ぢやう)を好み、佛の教(をしへ)の如くに身を行(ぎやう)じて見よかし、只今に、汝共もかやうのことは有らんずるぞ。我はかやうに成らんと思ふことは努々(ゆめゆめ)無けれども、法の如く行ずること年(とし)積るまゝに、自然と知れずして具足せられたるなり。是はいみじきにはあらず。汝どもが水の欲しければ水を汲みて飮み、火にあたりたければ火のそばへよるも同じ事なりとぞ仰せられける。
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これは弟子(筆者喜海であろう)の実録である(夢ではない)。
明恵は一種のESP、超感覚的知覚(Extrasensory Perception)を持っていたエスパイであった――しかも――明恵に言わせれば、誰でも、普通に持っているもので、普通に欲しさせすれば普通に実現する――とまで述べているのである――
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