耳嚢 巻之六 生得ならずして啞となる事
生得ならずして啞となる事
大御番(おほごばん)を勤仕せる餘語(よご)彈正といへる人あり。彼(かの)一子至(いたつ)て聰明なりしが、年頃になりて、與風啞(ふとおし)となりし由。耳も不聞(きこえず)、物言ふ事曾て難成(なりがたし)。されども、年頃になりての事故、物書(ものかく)事はなりぬれば、廢人たる事を歎き、惣領除きを父に願ひて今に存在の由。啞などは自然の不具にて、出生より其病あるは不珍(めづらしからず)といへども、中途右樣の儀有べき事とも思はれず。其父酒癖ありて不經濟にて、甚(はなはだ)貧家成(なる)よしなれば、それを見限りて、其身をわざと廢人に僞(いつはり)なしたるにはあらずやと、いえる人もありしが、右斗(ばかり)にも無之(これなく)、小日向邊の人の奧方も、ふと啞となりて今も存在の由。名はかたりがたきが、三橋飛州(みつはしひしふ)しれる人の由にて、かたりぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:奇態な薬物副作用の疾患から奇病で連関。ここでは後天的に生じた失語様疾患の男女二例を挙げ、男子のケースでは佯狂の可能性を指摘する巷間の噂を載せるが、普通に物書きは普通に出来るというこの男子例は、物心ついてから急に言葉を発しなくなっている点、耳が聞こえないらしい(聴覚器官若しくはそれに相当する脳の部位に重い疾患があると考えるよりも、聴こえてはいるが聴覚上の意味言語の理解が完全に不能になっている可能性もある)点、その後も普通に生活出来、また正常な「書く」能力は失われておらず、日常的行動及び意思伝達は可能である点、更には自身で「惣領除きを父に願ひ」出るという極めて高次の判断力を持っていると思われる点などから、重度の言語症を呈する脳梗塞による運動性失語の全失語様の可能性が疑われる(左大脳半球のシルビウス裂周囲の広範に渡る損傷がもたらす真性全失語であるならば「聞く」「話す」「読む」「書く」全ての言語機能が重度に障害されるので本例とは齟齬する)。症例が仔細に語られない(本当に全く失語しているのか、その他の機能はどうかが語られていない)後者の女子例では寧ろ、重い統合失調症や強い心的外傷後のPTSDや強迫神経症などに起因する緘黙のようにも見える。
・「餘語彈正」底本の鈴木氏注に、『寛政譜に余語氏で弾正を称した者を見ない。大番を勤めたのは勝美で、寛政七年番を辞している。家譜提出当時その子の勝強(カツカタ)は役についていないが、この人がのちに弾正といったのであろう』と推定されておられる。因みに余語氏は近江国伊香郡余語庄をルーツとする姓のようである。
・「三橋飛州」岩波版長谷川氏注に三橋『飛騨守成方(なりみち)。勘定吟味役・日光奉行・小普請奉行。』と注しておられる。彼について「耳嚢 巻之四 痔疾呪の事」の中に出る「三橋何某」の底本注で、鈴木氏は寛政八(一七九六)年当時に勘定吟味役であった彼をその人物に比定しておられた。
■やぶちゃん現代語訳
生まれつきではないのに啞(おし)となってしまう事
大御番(おおごばん)を勤仕致いておらるる餘語弾正殿と申さるる方が御座る。
かの御仁の一子、これ、至って聡明であられたが、年頃になって、突然、唖(おし)になられた由。
何でも、耳も聞えぬようにて、物を申すことも、これ、全く出来ずなったとのこと。
然しながら、年頃になっての急変なれば、物を書くことは、これ、普通にしおおせるとのことにて、ある時、自身、書面を以って、
――廃人同様ニ成ツタル事是レ深ク歎カバコソ我等廃嫡ノ儀願上申候――
と父に願い出て、今に存命の由。
「……唖なんどと申すは普通、先天的な障碍であって、出生(しゅっしょう)のその砌りより既に、その病いを発しておるが普通のことじゃ。……成長の中途、それも――元服を過ぎての後に、このような症状を、これ、急に呈すると申すは、ありそうなことととも思われぬ。……かの父弾正……実は大酒飲みにて、飲酒遊興に湯水の如、家産を遣(つこ)うて、の……何でも、餘語家、これ、甚だ貧家なる噂なればこそ……それを息子の見限って……自身の身を、わざと廃人のように成し……謂わば、偽りに唖を演じておるのでは、これ、あるまいか?……」
なんどと、口さがないことを申す者も、これ、おるようじゃ。
しかし、こうした例はこの一件だけではない。
小日向辺に住もうさる御仁の奧方も、かなり以前に、突如として唖となり、今も全く緘黙せるままに存命致いておる由。
こちらは仔細あって、姓名を明かすことは出来ぬが、三橋飛騨守成方(なりみち)殿の知れる人の由にて御座る。
以上の二件の話は、これ、直接に成方(なりみち)殿より聴いた話しで御座る。

