栂尾明恵上人伝記 3 四歳 自傷行為の初め
四歳の時、父戲(たはぶれ)に烏帽子(ゑぼし)を着せて云はく、「形(かたち)美麗なり、男(をとこ)になして御所へ參らせん」と云へるを、予密(ひそか)に心に思ふ樣(やう)は、法師にこそ成らんと思ふに、形美(うるは)しとて男に成さんと云ふに、片輪(かたわ)づきて法師に成されんと思うて、或る時緣(えん)より落つ。人見付て懷き取つて、あやまちげに思へりき。其の後或時、面(かほ)を燒きて、疵(きづ)をつけんと思ひて、火箸(ひばし)を燒く。其の熱氣恐しく覺えて、先づ試(こゝろみ)に左の臂(ひぢ)より下二寸計の程に引き當(あて)つ。其の熱さに涕泣(ていきう)して、面には當てずして止(とゞ)まりぬ。是れ佛法の爲に身をやつさんと思ひし始なり。