沢庵宗彭「鎌倉巡禮記」 20
諸師の塔どものこらず順禮し、次の日は圓覺寺に入り、開山佛光禪師を拜するに、所がら常ならず仙境やかくあらんと覺ゆ。塔樣殊に勝たり。慈顏うるはしくいける人にむかふごとく也。いかなる屈強の人も涙をもよほすばかり也。野鳥きたりて肩になれ、白龍けさに現ずと傳へしが、在世のあり樣をうつし、椅子にしろき鳩二とまり、けさに白龍をきざみそへたり。實也谷虛にして山をのづからこたへ、人無心にして物よく感ず。芭蕉無耳雷を聞、磁石無心にして鐵をてんず。無心の力いくばくぞや。菩提心さへ胸にのこらば煩惱なかるべし。まして煩惱を胸にをかむをや。煩惱即菩提といへるは一坂越たらん人々の眼よりいふことば也。己眼あきらかならずして達人のことばをとりもちきたりてわが物となしていへる倫、世に多し。玉はもと石なれ共みがゝざれば光なし。みがゝざる石をさして玉なりといはむや。玉といはゞ玉なるべし。光なくば何を玉の德とせむ。達人のいへる心は石皆玉なり、などみがきて光を得ざる。人皆ほとけなり、修して何ぞ菩提の光をはなたざると也。又修もなく證もなしといへるも修得証得の人のことば也。祖師先德には花實備はりたり。今の世にはあだ花のみさきて實なし。ことばをとるばかり也。甘と云文字となへたるとて口あまかるべからず。火とゝなへたりとて口あつかるべからず。口のほとりにある佛法たのもしからず。何事をも腹にあじはへむ人こそゆかしけれ。
[やぶちゃん注:「開山佛光禪師を拜する」これは円覚寺正続(しょうぞく)院蔵の無学祖元の頂相(ちんそう)像を指す。「新編鎌倉志卷之三」の円覚寺開山塔の項の一部と私の注を引いておく。
開山塔 方丈の西北に行く事、四五町許りにあり。正續院と名く。門に萬年山と額あり。此院、昔は平の貞時の建立にて祥勝院と號し、佛牙の舍利殿なりしを、後に開山塔とすと云ふ。昭堂の上に常照と額あり。開山の木像、肩・膝に、鳩と龍とを置く。【元亨釋書】に、祖元宋にありし時、禪定の中に當て神人を見る。告て云、願くは和尚我が國に降れと。如是(是のごとくする)事、數(あまた)たび。神人の至るごとに、先づ一つの金龍來て袖の中に入る。亦羣鴿子あり。或は靑白の者、或は飛啄の態(わざ)、或は予が膝の上にのぼる。其の由(ゆへ)を不測(測らず)。此の國に入いるに及で、人有て語て曰、當境に神あり。八幡大菩薩と云ふ。後に八幡宮に至り、殿梁の上を視るに、數箇(すか)の木鴿子あり。是を問ふ。對(こた)ふる者の曰く、これ神の使鳥のみ。予則ち知る、定中の峨冠は、此の神なる事を。老僧が此に到る、偶然ならざるのみ。老僧が陋質を造らば、膝の上に鴿子及び金龍を安じて、以て往年の讖(しん)に應ぜよと有。(以下略)
[やぶちゃん注:「羣鴿子」は「ぐんかふし」と読み、群れ飛ぶハトのこと。
「讖」は預言。祖元が見た予知夢のことを指す。
「陋質」は自身の肖像の謙遜語。所謂、頂相である。国の重要文化財である本像は鎌倉前期の頂相の傑作とされる。三十年以上前、風入れで見たが玩具のような鳩が座椅子の左右に配され、左の鳩の前にはこれまたエレキングの幼体みたような龍がちょこんととまっていた。祖元は最後まで日本語を覚えなかったと言われるが、その悪戯っぽい眼光と頰をちょっと意地悪そうにきゅっと引いたその表情は何か私には親しげであった。]
「芭蕉無耳雷を聞、磁石無心にして鐵をてんず」は「芭蕉無耳雷を聞」とは「芭蕉、耳、無くして雷(らい)を聞き」であろう。察するに、植物の芭蕉は耳がないのに、その葉で雷の音を真似、磁石は心無きにも拘わらず、鉄を引きつける、という謂いか? 大方の識者の御批判を俟つ。
「倫」「ひと」と訓じているか。「ともがら」とも読めるが、採らない。
「今の世にはあだ花のみさきて實なし。ことばをとるばかり也。甘と云文字となへたるとて口あまかるべからず。火とゝなへたりとて口あつかるべからず。口のほとりにある佛法たのもしからず。何事をも腹にあじはへむ人こそゆかしけれ」素晴らしい批評である。これは――今現在の我々の世相をも/をこそ鮮やかに指弾している。]

