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2013/04/24

耳嚢 巻之六 鳥類助を求るの智惠の事

 鳥類助を求るの智惠の事

 

 木下何某(なにがし)の、領分在邑(ざいいふ)の節、領内を一目に見晴す高樓有(あり)て、夏日近臣を打連れて右樓に登(のぼり)、眺望ありしに、遙の向ふに大木の松ありて、右梢に鶴の巣をなして、雄雌餌を運び養育せる有さま、雛も餘程育立(そだち)て首を並べて巣の内に並べるさま、遠眼鏡(とほめがね)にて望みしに、或時右松の根より、餘程ふと黑きもの段々右木へ登る樣、うはゞみの類ひなるべし、やがて巣へ登りて雛をとり喰ふならん、あれを刺せよと、人々申さわげども、せん方なし。しかるに、二羽の鶴の内一羽、右蛇を見付し體(てい)にてありしが、虛空に飛(とび)去りぬ。哀れいかゞ、雛はとられなんと手にあせして望み詠(ながめ)しに、最早彼(かの)蛇も梢近く至り、あわやと思ふころ、一羽の鷲はるかに飛來り、右の蛇の首を喰(くは)へ、帶を下(くだし)し如く空中を立歸りしに、親鶴も程なく立歸りて雌雄巣へ戻り、雛を養ひしとなり。鳥類ながら、其身の手に及ばざるをさとりて、同類の鷲をやとい來りし事、鳥類心ありける事と、かたりぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。動物奇譚。リアルタイムの叙述で頗るヴィジュアライズされており、事実譚として十分に信じ得る筆致である。

・「鳥類助を求るの智惠の事」は「鳥類、助けを求むるの智惠の事」。

・「木下何某」岩波版長谷川氏注に、『備中足守二万五千石木下氏か(鈴木氏)。』とある。以前にも述べたが、この鈴木氏は勿論、底本編者の鈴木棠三氏であるが、ここで長谷川氏の引くものは、私の底本である「日本庶民生活史料集成 第十六巻 奇談・紀聞」(三一書房一九七〇年刊)の「耳嚢」の鈴木氏の注ではなく、同じ鈴木氏の平凡社東洋文庫版(私は所持しない)のものである。底本には、この注はない。因みに足守(あしもり)藩は備中国賀陽郡(「かや」「かよう」の両様に読む)及び上房(じょうぼう)郡の一部を領有した藩。元和元(一六一五)年、木下利房が大坂の陣の功績により二万五千石にて入封。以後、明治まで木下家が十二代、二百五十六年間に亙って在封した(但し、江戸後期には領地の大半が陸奥国に移された)。藩庁は足守陣屋(現在の岡山県岡山市北区足守)に置かれた(以上はウィキの「足守藩」に拠る)。

★諸本の説明をしたので、この場を借りて再度断っておきたいのであるが、

 ★私は「耳袋」の現代語訳本は一冊も所持していない

 ★私のこの「耳嚢」の現代語訳は総てが私のオリジナルである

という点を――「耳嚢 巻之六」の終了を間近に控えた――折り返し点を遙かに過ぎ、本格的な復路に入った――ここで、読者に改めて宣明しておく。

・「喰(くは)へ」は底本のルビ。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 鳥類が仲間に助けを求むるという知恵を持つ事

 

 木下何某(なにがし)殿が、御領地に在られた折りのことで御座る。

 御領内を一目で見晴らすことの出来る高楼(たかどの)が御座って、とある夏の日のこと、近臣をうち連れて、この楼に登り、眺望なされた。

 すると、遙か向うにある大木の松の梢に、鶴が巣を成して、雄雌が餌を運んでは子を育んでおる様子にて、雛もよほど大きゅう育って、首を並べて巣の内に並んでおるさまを、木下殿、遠眼鏡(とおめがね)にて如何にも微笑ましゅう望まれるを、これ、楽しみになさっておられた。

 ところが、そんなある日のこと、何時ものように楼へ参られ、かの鶴の巣を覗こうとなされたところが、さる御付きの者、目敏(めざと)く、

――かの松の根がたより

――よほど太く真っ黒なるものが

――これ

――だんだんに

――かの木へと登る

と見えた!

「……あれ! 蟒蛇(うわばみ)の類いじゃ! 直きに巣へと登り入って雛をとり喰(くろ)うに違いない! 誰か、早(はよ)、あれを刺せぃ!」

と、叫んだによって――御主君お気に入りの鶴の親子であればこそ――その場の人々は、これ、慌てふためいて、口々に、何やらん、申しては、騒いではみたものの、何分、高き松の梢のことなれば、如何ともしようが、これ、御座ない。

 木下殿以下、陪臣の者ども皆、ただ手を拱いて眺めておるしか御座らなんだ。

 しかるに、見ておるうち、巣に御座った二羽の鶴のうちの一羽が、これ、この蛇を見つけた様子にて御座ったものの、何と! 懼れ怖気づいたものか、畜生の哀しさ――空高く、飛び去ってしもうた。……

 木下殿、

「……哀れな!……ああっ! 雛は最早、獲らるるに違いない!……」

と、諸人、手に汗して、遙かに眺めておるばかりで御座った。……

 最早、かの蛇も梢近くへと至った。

あわや!――

――と――

思うた、その時、

――虚空に一点、黒点が浮かぶ!

かと思うと、

――みるみるそれが大きくなり

――一羽の鷲と相い成る!

――急転直下

――音もなく飛び来ると

バッ!

――と――

――かの蛇の首を喰(くわ)え

――口より長き帯(おび)を垂れ下げた如く

――空中(そらなか)を

――悠々と

――たち帰って御座った。……

 すると、先ほど消えた一羽の親鶴も、ほどのう巣へとたち帰って参り、雌雄、目出度く巣に安らいで、また、何時ものように、仲睦まじゅう、雛を養(やしの)う様が、これ、その日も見られて御座った。……

 

「……鳥類ながらも、かの一羽の鶴、近づく蛇の、その身の手には及ばざる天敵なることを悟り、同類のうちにても剛(ごう)をならした、かの鷲を雇いに参ったこと……これ、たかが畜生なる鳥類なれど……巧める思慮というものが、これ、御座るものじゃのう。……」

とは、木下殿が、直かにお話し下さったもので御座る。

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